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創業者「野村徳七」





日露戦争は激戦の末、日本が勝利し、明治38年9月に講和条約が結ばれたが、条約の内容は、国民の期待に反したとの声が強く、一時は失望相場すら現出した。 しかし、インフレ高進下における企業収益の増加と配当の引上げにより、株価に好影響をあたえる素地は十分存在していた。 そして、39年の初頭からそれが現われ、ついに爆発的相場となった。 その後、一時、一進一退の市況となったが、低金利と金融緩慢で、39年末ごろから相場は再び高騰。40年初めになると、新高値が連続し、まさに熱狂相場となった。 ところが、40年1月21日を機に、突如として大反落に転じ、市場は混乱した。



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