明治30年代後半頃の徳七明治40年4月、初代徳七は、胃癌のため再起不能となり、隠居の決意をかためた。同年9月、家督を信之助に譲り、徳七改め浄功と改名した。 同時に、信之助は徳七を襲名し、家督を相続した。ここに二代目徳七が誕生したのである。隠居後の初代徳七は、40年10月1日、58才の多難な人生を終えた。