
大正5年上期は、総じて乱高下の不安定な相場だったが、「野村商店」は「久原鉱業」株の公募引受けを中心に好調を維持した。「久原鉱業」は、この年2月、資本金1,000万円を一挙に3倍に増資し、最低70円のプレミアム付きで10万株公募したが、現物団がこれを引受け、この内25,000株を「野村商店」が扱った。 これは25円払込みの新株であったが、時価最高400円台を上回ったため、「野村商店」は、これによって大きな利益をおさめた。
下期に入ると、12月に、大株730円という熱狂相場を出したが、同月12日に、ドイツが講和条約を提議したとの報伝わると、市場は大混乱におちいり、諸株一斉に崩落し、大阪取引所は4日間休会することになった。 しかし「野村商店」は、適切な措置をとったために、依然好成績をあげることができた。そして大正6年下期には、創業以来の好成績をおさめた。