

大阪野村銀行設立当初の本店先の欧米外遊の際のニューヨーク視察で、証券取引所には金融機関との緊密な結びつきが必要であることを痛感していた徳七は、日本でもそれを実現したいと心に期すものがあったが、大戦中に蓄積した資金は、その理想実現の機をもたらした。 新たに「野村銀行」を設立することによって、一歩進んで、真の証券業者としての態様を整えるとともに、銀行を中心に、各種の事業を興し、新機軸を開こうとしたのである。
このような理想と決意のもとに、野村家および関係者は、内議決定の後、大正6年12月27日、大阪府庁へ銀行設立認可内伺書を提出、翌7年5月25日、正式に大蔵省へ銀行業務、担保付社債信託業の認可申請書を提出した。この申請は、同年6月20日認可となり、ここに「大阪野村銀行」が創立された。行名に特に「大阪」の字を付したのは、他に同名の銀行があったためである。