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創業者「野村徳七」





大正7年6月20日の銀行設立認可とあわせて、担保付社債信託業の兼営も認可された。 これに先立って徳七は、調査部長の橋本喜作をアメリカに派遣し、信託業務の調査をさせていたが、銀行の創立にあたり、その業務の一つとして、信託業を兼営しようとした。これは徳七のかねてからの念願でもあった。日本の信託業の歴史は浅く、その事業は微々たるものであったが、徳七は率先して、この業務を取り上げたのである。 当初、「大阪野村銀行」の資本金は1,000万円(全額払込済)で、現在の野村證券大阪支店(大阪市東区安土町2の61)の所在地で、大正8年8月1日営業を開始した。



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