欧米の「日本化」懸念と日本再生への使命

巻頭言2011年秋号

野村證券金融経済研究所 経営役・チーフリサーチオフィサー 海津 政信

欧米の「日本化」がこの夏以降、メディア、金融市場で頻繁に取り上げられている。たとえば、ロンドンエコノミスト誌は、7月30日号でオバマ米大統領とメルケルドイツ首相に和服を着せて表紙に登場させ、政治の機能低下とそれがもたらす経済の停滞に警鐘を鳴らしている。金融市場でも、欧米の「日本化」を懸念し、欧米株に対する投資判断を見直す向きが増えている。

さて、「日本化」の定義だが、バブル経済の崩壊から、政策の失敗、デフレまでを含めて議論する論者もいるが、ここでは、経済の長期停滞と政治の機能不全ということにしておきたい。デフレまで含めるとハードルが高くなり、そこまでは流石に行かないだろうと免罪符を与えかねないからだ。この定義でいえば、欧州はほぼ間違いなく、日本化の道を歩んでいると見られるし、米国もその懸念なしとしないということだろう。

根っこにあるのは、今世紀に入って過剰流動性を背景に欧米で進んだ住宅バブルとその崩壊、欧米金融機関の高レバレッジ経営の行き過ぎと調整であろう。まず、欧州から見ていくと、1999年1月の欧州共通通貨ユーロの誕生と欧州中央銀行(ECB)による政策金利の一本化に問題が隠されていたように思う。物価が安定しているドイツやオランダなどの主要国にとって望ましい政策金利は、物価上昇率の高いスペイン、ポルトガルには低すぎ、結果、南欧を中心とした住宅ブームに結びついた。また、金融機関は低金利による過剰流動性を貸出基準の緩和を行いつつ、住宅融資の拡大に活用した。こうして、住宅ブームはバブルの領域に達し、その後の崩壊で不良債権化したのである。

一方、米国では2003年6月から2004年6月までFF金利1%という低金利政策が採られた。これは2001年のITバブルの崩壊後の不況から米国経済を回復させるために、FRB(米連邦制度理事会)のグリーンスパン議長が行った景気浮揚策であったが、この前後から住宅価格が急上昇し始めた。株高に加え、住宅価格高が加わり、個人消費は活発化し、米国景気は回復に向かったが、過剰流動性は米国金融機関の高レバレッジ経営を助長し、サブプライムローンという鬼っ子を誕生させた。結局2007年以降住宅バブルは崩壊、サブプライムローンは焦げ付き、2008年9月のリーマンブラザースの破たんを契機に、米国はバランスシート不況に陥ったのである。

1980年代後半から90年代初頭にかけて起きた過剰流動性を背景にした日本での住宅、商業用不動産バブルとその後の崩壊と極めて似た構図が欧米で再来したと言える。

そして、その後の欧米の政策対応はかつて日本が行った対応に酷似している。公共投資、減税などの財政政策、金融機関への公的資金投入、ゼロ金利政策とその後の量的金融緩和政策である。米国はそれでも、スピード感のある政策対応を行い、まだ日本化するかどうか、ぎりぎりのところにいるように見えるが、欧州は経済の悪化につれ財政赤字問題が大きくなり、ギリシャ、ポルトガル、アイルランドにさらにスペイン、イタリアと問題が波及し、解決が極めて難しくなっている。

そこで、冒頭に紹介したロンドンエコノミスト誌の和服を着たメルケルドイツ首相の政治的リーダーシップにつながる訳だが、南欧の救済に否定的なドイツ国民を説得して、問題解決を図る政治力をメルケル首相は十分に持ち得ていないのではないかと見られているのである。まさに経済の長期停滞と政治の機能不全に欧州は陥りつつあるのだろう。

こうした中、日本は一体どうするか。欧米が「日本化」の懸念に向き合う一方、先にバブル崩壊を経験し、失われた10年、20年を続けてきた日本が、経済成長と財政健全化に向け、新しい地平を再び切り開くことができるのか。国民が東日本大震災からの復興や社会保障制度の維持のため、(一定の歳出削減を前提に)増税に理解を示すようになっている中、野田政権の日本再生への歴史的な使命は大きい。

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