円安、株高トレンドの始まり

巻頭言2012年春号

野村證券金融経済研究所 シニアリサーチフェロー兼アドバイザー 海津 政信

1ドル=80円台での為替推移が続き、2007年半ばから続いた歴史的円高が終了し、円安に転じたように見える。円高から円安に転じたと判断する理由は、以下の二点である。

第一は、日本銀行の物価目標の導入。日銀は2月13-14日の金融政策決定会合で、従来、中長期的な物価安定の理解(understanding)としていた物価に関する目標を中長期的な物価安定のめど(price stability goal)と変更し、2%以下のプラスの領域で、当面は1%をめどとすると決めた。この「めど」という言葉を巡り解釈が分かれ、物価目標とは言えないとの有力な意見もあるが、私は米連邦準備理事会(FRB)と同じgoalという言葉を使っていること等から、事実上の物価目標の導入と考えている。

現在まだ若干のマイナス圏にある消費者物価のコアの前年比上昇率が1%に達するには、震災復興需要の拡大等で需給ギャップが縮小し、同時にゼロ金利の継続と量的緩和策の強化が図られるとしても、2014年末まで待つ必要があると考えられる。逆に言うと、日銀のゼロ金利解除はFRBよりも遅い2015年以降と見られ、これが市場の期待形成に影響し、2月14日以降の円安転換に貢献したと理解している。

第二は、為替需給が変わってきていることだろう。原油価格の上昇等により、2011年に31年ぶりに日本の貿易収支が2.49兆円の赤字となり、しばらく5兆円規模の赤字が続く見通しである。また、自国通貨高を活用した日本企業による外国企業の買収も増えている。これらは為替需給の面から円安につながりやすい。

この円高から円安への転換は、日本株にとって極めて重要である。それは、日本株は製造業の(連結)利益、時価総額が50%を占める製造業比率の高い市場であるからだ。大雑把に言うと、1ドル=80円で日経平均株価10,000円、1ドル=85円で11,000円、1ドル=90円で12,000円の組み合わせが想定される。円安とともに輸出企業の利益増が見込まれ、インデックスの水準も切り上がると見られるからだ。

その意味では、中長期で自動車、機械等の輸出株が注目されやすい。自動車業界は1ドル=80円台なら優れた環境対応技術もあり、国際競争力は確保されよう。加えて、日本の自動車大手の為替感応度は高い。たとえば、トヨタ自動車は1円円安になることで340億円税引き前利益が上振れる。また、機械業界は建設機械もNC工作機械などのFA機器も、耐久性、制御技術等に優れ、国際競争力が高く、アジアのインフラ投資の取り込みが期待される。

問題は電機業界、とりわけ家電業界だろう。かつて、米国のゼニス社、RCA社からテレビ、ビデオ等の映像機器のシェアを奪い、長らく世界トップを続けてきた日本の家電業界だが、薄型テレビがコモディティー化する中で、巨額の赤字を出し、ビジネスモデルの転換が必要になっている。白物家電のグローバル展開、ビデオカメラやデジタル一眼レフカメラなどの精密メカ・光学分野、車載用リチウムイオン電池など環境・エネルギー分野を軸に早急に戦い方を変える必要があろう。ビジネスモデルを変えることに成功すれば、円安傾向もあり、収益は回復し株価も上昇するはずだ。

このように、日銀の物価目標の導入は、円高・株安から、円安・株高に市場の流れを変えることに貢献した。もっとも、この流れに一時的にせよ水を差す可能性があるのが、イランの核開発等に絡む原油価格の上昇リスクである。すでに、原油価格は年初来WTIで8%、ドバイで15%ほどドル建てで上昇している。夏場にかけてさらにもう一段上昇すると、世界の景気回復の足かせになりかねない。米欧のイラン制裁が本格化する中、イラン、イスラエル、さらに、米国の動きに留意する必要はありそうだ。

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