アベノミクス成功に向けての経済界の役割

巻頭言2013年春号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 海津 政信

安倍政権の新しい経済政策、アベノミクスへの期待が高い。解散総選挙が事実上決まった昨年11月14日以降、円安、株高が進み、本稿執筆時点の3月21日までで、円は対ドルで20%下落し、株価は46%上昇している。また安倍内閣支持率も高く、3月18日報道の最新世論調査で朝日新聞65%、読売新聞72%となっている。

それでは、アベノミクスは今後どう展開し、成功に向けての経済界の役割は何か、私見を述べてみたい。まず、アベノミクスの工程表は、概ね次のようなものと推測される。

  1. 円安、株高:物価目標2%を掲げ、大胆な金融緩和策をとり、円安、株高が続く。黒田日本銀行新総裁、岩田新副総裁は、年限の長い国債を市場で大量に買取ろう。円安、株高の下でも名目長期金利は低位で安定しよう。
  2. 物価上昇:金融市場での期待形成を国民一般にも広げ、期待インフレ率が1%を越えて高まると、10年国債利回りは1%に満たないので、実質長期金利はマイナスになる。こうなると、景気刺激効果が現れ、株高効果と合わさり、設備投資、消費、住宅投資が動き出そう。つれて、需給ギャップが縮小し、円安効果と合わさり、物価が緩やかに上昇し始める。
  3. 賃金上昇:日本でも米国と同様失業率が下がると賃金が上る関係がみられる。現在4%強の失業率が3.5%まで下がると労働需給がタイトになり、賃金が本格的に上昇しよう。加えて、今回、経営者は円安による企業収益の向上を賃金引上げに回すことに積極的である。物価上昇をやや上回る賃金上昇が実現する可能性は十分あろう。
  4. 潜在成長率上昇:規制改革、TPPへの参加、法人税引下げ、イノベーションによる新市場開拓など、成長戦略が本格化すると、潜在成長率を押上げよう。規制改革の目玉としては、保育園整備の加速と女性の一層の社会進出、ヘルスケアREITの導入や介護ロボットへの保険適用等による医療・介護分野の成長加速が期待される。TPPへの参加も長期的な潜在成長率引上げに寄与しよう。

もちろん、アベノミクスの成功は保証されている訳ではない。成功させるべく、政府、日本銀行、経済界、学界等が良く連携し協力する必要がある。とりわけ、経済界の役割は大きいだろう。では、いったい経済界はどうすればよいのか?

まず、第一は賃金引上げ、実質所得増加に向けての協力である。需給ギャップの縮小と円安効果で、14、15年と消費者物価上昇率は尻上がりに上向き、消費税引上げ分を除き1%を越えて2%に近づこう。失業率の低下で賃金も上昇しょうが、経済界が賃金上昇を主導しても良いのではないか。デフレから脱却した後の利益成長ポテンシャルを考えると、初期の段階で内部留保を使った賃金引上げを実施しても、株主は容認するはずだ。

第二は、円高是正の下、適正な価格戦略を採ることだ。一つは、輸入原材料高は製品価格に転嫁すべきだろう。円高是正は貿易赤字の継続、日銀の量的緩和策、米国経済の正常化とドル金利の上昇を考えると、1ドル=100円台まで進むはずである。100円台まで円高が是正されると、輸入品の流入が抑えられ、値上げ環境が整備されよう。二つは、流通革命が進展し、日本の消費財の価格は随分と安くなった。テレビなどのように過当競争でだれも利益が出ない商品も出てきた。適正な価格戦略を採ることの重要性を再認識したい。

第三は、デフレ脱却後はイノベーション重視の成長戦略で成長力を強化することが望ましい。その点では、シュンペーターのイノベーション論に回帰する。米国は1985年にHPのヤング会長によるヤング報告を出し、日本の挑戦に対抗。2004年には、IBMのパルミサーノ会長によるパルミサーノ報告を出した。報告の中で、21世紀のイノベーションの特質を、(1)スピードが速い、(2)業際領域が重要、(3)したがって、協力作業が成果を決める、(4)より創造性が必要、(5)グローバル化し莫大な市場が出現するとしている。産業競争力会議では、こういった点を議論してほしい。

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