企業の六重苦軽減と問われる企業経営の革新

巻頭言2013年夏号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 海津 政信

安倍政権は6月14日、中長期の経済財政運営を定めた「骨太の方針」と日本再興戦略ジャパン・イズ・バックと名付けた「成長戦略」を閣議決定した。本稿では、企業の六重苦問題が成長戦略の中でどこまで軽減され、解消に近づくか。残る課題はなにか?そして、六重苦が軽減され、解消に近づくといよいよ企業経営の革新が問われてくることを述べてみたい。

まず、六重苦問題である。具体的には、(1)円高、(2)高い法人税率、(3)厳しい労働・解雇規制、(4)経済連携協定の遅れ、(5)厳しい温暖化ガス削減目標、(6)電力不足が、日本企業が抱えてきた六重苦である。だが、昨年暮れの安倍政権成立後、アベノミクスが進展し、為替は1ドル=100円前後まで円高是正が進み、遅れていた経済連携協定も、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加が決まり、大きく前進してきている。また、鳩山政権が決めた温暖化ガス25%削減目標は事実上撤回され、電力不足問題も新規制基準の施行を踏まえ、参議院選挙後にはいくつかの原子力発電所が再稼働に向かうと見られる中、峠を越えそうである。

もちろん、高い法人税率(東日本大震災の復興財源としての臨時措置が終了する15年度以降で35.64%)の引下げは今回の成長戦略では盛り込まれず、秋以降の税制改正論議に委ねられた。また、解雇規制の緩和も先送りとなった。しかし、六重苦のうち、四重苦についてはすでに解消したか、解消に向かう見通しにある。

政府・与党には、先送りされた法人減税について、投資減税や特区内での思い切った法人税率の引下げを秋の税制改正で実現していただき、実効税率のさらなる引下げも検討していただきたい。また、解雇規制についても、成熟産業から成長産業へのスムーズな労働移動を促す観点から、柔軟な議論を行っていただきたい。そして、その先に移民規制の緩和など、人口減少問題への抜本策について本格的な議論を開始していただきたいと考える。

一方、六重苦が軽減されてくると、次は企業が成長に向け努力する番だとの認識が高まってこよう。成長戦略を軌道に乗せ、今後10年間で実質年2%、名目年3%の成長を掲げる政府はもとより、アベノミクスに期待して昨年11月以降10兆円ほど日本株を買い越し、この3月末で日本株の保有比率を過去最高の28%まで増やし、金融機関と並ぶ最大株主となった外国人投資家も株主としての主張を強めて来よう。

一般に、日本企業には、(1)高い技術開発力、(2)保たれている現場の力、(3)健全な金融システムという強みがある一方、(1)ビジネスモデルの構築力が弱い、(2)グローバル人材が不足している、(3)ガバナンス体制が十分でないという課題がある。このあたりの改革を企業経営者に求めてくるのではないか。

そうした中、こうした課題にうまく答えている代表的な事例が、日立製作所の経営革新だろう。すなわち、モノ作りだけで勝負するのではなく、モノ作り+サービスで事業の競争力を高めるやり方。また、事業の主戦場を価格競争の激しい電子機器から複合技術の生きる社会インフラのような資本財にシフトしていくやり方。また、火力発電システム事業を本体から切り出し、三菱重工業の当該部門と事業統合させ相互補完するのは、グローバル人材の不足を補う一つのやり方だし、若手に海外事業の経験を積極的に積ませているのもこの観点である。さらに、ガバナンスについても、定期的に外国人投資家と会って、経営へのアドバイスや注文を聞き、社内にフィードバックさせるなどしている。その他、ガバナンスの領域では、連結ベースで65兆円ほどある上場会社の手許流動性の適正水準をどうするか、リーマン後の不況から抜け出そうとする中で、問われてきそうだ。

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