第3次円安で定着する立地競争力の改善と需要の国内回帰

巻頭言2015年夏号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

6月10日の衆議院財務金融委員会での「実質実効為替レートがさらに円安方向に振れることはありそうにない」との黒田日本銀行総裁発言を機に、円ドルレートは短時間で2円ほど円高になるなど、為替市場は乱高下した。しかし、この発言はスピード違反気味の円安進行をけん制したもので、5月26日以降1ドル=122円の壁を越え、アベノミクス開始以後では、3回目となる円安局面の進行を妨げるものではないだろう。

過去2回の円安局面(1回目は1ドル=80円から105円、2回目は1ドル=105円から120円)は、2013年4月4日の年間50兆円の長期国債買入れを軸にした量的・質的金融緩和第1弾及び2014年10月31日の長期国債買入れ年間50兆円を同80兆円に増やした量的・質的金融緩和第2弾が大きな契機となった。

これに対し今回は、5月22日のFRB(米連邦準備理事会)イエレン議長の「年内のある時点で利上げに進むのが適切」との発言が契機となっている。過去2回が日本銀行の量的緩和の開始ないし拡大が契機になった円安の性格が強かったのに対し、今回はドル金利の上昇見通しを契機にしたドル高の性格が強い。おそらく、FRBが利上げに踏み切るであろう9月ないし12月には、その後の利上げ局面を先取りする形で1ドル=125円を越え、128円程度になるものと予想している。

この第3次円安により日本の立地競争力の改善は持続性を持つに至り、短期はもとより、中長期でも意義が大きいと考えている。

第1に、円ドルレートが米国経済の回復とドル金利の上昇を織り込んだ後に、2017年以降、米国経済の減速を受け円高に振れることが仮に起きても、第3次円安で1ドル=130円近くまで行っていれば、揺り戻しは1ドル=110円台までで留まる公算が高いだろう。

第2に、1ドル=110円台までの揺り戻しであれば、日本の立地競争力の改善は損なわれないと思われるからである。

すなわち、(1)エコノミストの分析によれば、日本の製造業の国内拠点の売上高経常利益率と海外拠点の同利益率の比較では1ドル=110円が分岐点で、それより円安であれば国内拠点の利益率の方が高い。(2)アナリストの分析によると、例えば、日韓両国の高炉大手のコスト比較で、1ドル=110円以上の円安下では日本の高炉大手の方が、競争力が高い。(3)企業経営者へのヒアリングで、重電プラントの主要部材の国内調達と海外調達の分岐点も1ドル=110円程度にあるなどである。

すでに、前回春号の巻頭言で述べたように、円高下で一時競争力を失っていたDRAM(PCなどに使われる半導体メモリー)、中小型ディスプレイなど先端デバイスの競争力の回復が進み、設備投資の国内回帰が起きている。また、円高下で海外生産シフトが進んだ自動車業界でも、輸出採算の向上と海外工場の稼働率の上昇を受けて、輸出台数の回復が16年から始まる見通しである。さらに、国内工作機械受注の力強い回復の背景には、金型など中小企業の仕事量の回復があるとアナリストは分析している。

こうした需要の国内回帰は、為替の揺り戻しが起きても、1ドル=110円台までであれば、定着していく可能性が高いだろう。その意味で、繰り返しになるが、第3次円安の意義は大きい。もちろん、為替以外の競争力要因として、新技術・新製品開発、歩留り・生産性の向上など、経営要素も重要だ。

経営者、技術者には、円安の定着と法人税の引き下げを軸とした日本の立地競争力の改善には持続性があるとの認識の下、経営力の強化に邁進して欲しいと思う。

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