中期経済予測2009-2013
-ポスト「ドル資本主義」を見据える世界 地方からの再生を目指す日本-

論文2009年新春号

野村證券金融経済研究所経済調査部 西澤隆、和田理都子、桑原真樹、雨宮愛知

目次

  1. I.はじめに
  2. II.世界景気転換のタイミングを占う
    1. 米国住宅価格の行方
    2. 過去の住宅バブルの経験
  3. III.「ドル資本主義」からのパラダイムシフト
    1. 輸出不在での本格回復は見込めるか
    2. 1930年代の経験から学ぶ
    3. 金本位制離脱というパラダイム転換
    4. 「ドル資本主義」
  4. IV.「ドル資本主義」からの離脱は可能か
    1. プラザ合意の経験
    2. 新興国の潜在性
    3. 中国経済の成長余力
    4. 輸出主導の意味
    5. 人民元の政治経済学
  5. V.ドル価値の分析
    1. 長期データを用いた購買力平価
    2. 経常収支赤字とドルの価値
    3. 双子の赤字とその持続可能性
    4. 財政赤字で米国金利は上がるか
    5. ドル価値は「ドル資本主義」の行方に依存
  6. VI.ケース別の中期経済予測
    1. 現状維持ケース
    2. 「ドル資本主義」離脱(中国内需成長)ケース
  7. VII.地方発日本再生「災い転じて福となす」
    1. 四重苦の日本経済
    2. 地域格差の二つの側面
    3. 地域・所得格差拡大を是正する2システム
    4. 日本独自のシステムの模索
  8. VIII.人の移動を前向きに捉える:高密都市化
    1. 今までの日本の都市計画とは
    2. 人口減少が内包する「高密化」のベクトル
    3. 都市高密化の経済上のメリット
  9. IX.まちの高密化に向けた具体的取り組み
    1. 富山市の例
    2. 長野市の例
    3. 高松市の例
    4. 仙台市の例
  10. X.「コンパクトシティ」の定量分析
    1. コンパクトシティに重要な「移動の選択肢」
    2. コンパクトシティの二つの類型
    3. 47都道府県庁所在地の変化を検証する
    4. まちの方向性を決めるまちの規模
    5. 高密・高効率・高アクセス達成に向けて
  11. XI.人の移動を前向きに捉える:近郊農業の育成
    1. 低い食料自給率と近郊農業の復活
    2. 生産性拡大余地が大きい日本の農業
    3. 儲かる農業ビジネス
  12. XII.おわりに

要約と結論

  1. 米国の金融危機に端を発した世界同時不況は深刻さを増している。世界同時不況の向こうに現れる新しい世界経済のパラダイムを「ドル資本主義からの離脱」という視点から分析し、その中で日本が活力を維持する施策を検討する。
  2. 不況の震源地である米国住宅市況に底打ち感がでるのは2010年頃と考えられ、世界経済は当面厳しい状況が続く。1930年代の大恐慌時代には、ニューディール政策と言われる公共投資の拡大や企業や家計への資金供給などの施策が打たれたが、景気反転に最も大きな影響を与えたのは、「金本位制からの離脱」という新たなレジームへの大胆な転換であった。
  3. 1990年代後半以降の世界は、新興国を中心とした世界の輸出が米国の過剰消費により吸収され、輸出国はその対価として得たドルを国内の経済成長に用いることなく、外貨準備として貯め続けた。世界がドル獲得そのものを目標として行動するかのような状況を、本稿では「ドル資本主義」と名付けた。ドル資本主義を背景としたドルに対する過度な信用の付与が米国の住宅バブルを作りだし、その崩壊が現在の金融恐慌状況を招いたのである。
  4. 従って、現在の世界同時不況を克服するには、ドル資本主義からの離脱が必要となる。これは、米国への輸出で恩恵を受けてきた国が内需主導型経済へ移行することで達成される。例えば1985年のプラザ合意では、ドルの大幅調整が対円と対マルクで行われ、日本とドイツの内需主導型経済への移行を通じて世界経済の人為的なソフトランディングが図られた。今回その役割を担うのは新興国、中でも中国となろう。財政の健全性と高い貯蓄率、そして都市化余地が大きいことから、中国の内需拡大余力は依然として大きいと見込まれる。中国の為替政策と内需主導型経済への移行が米国経済、日本経済、ドル資本主義に与える影響をシミュレーションし、予測表にまとめる。
  5. 日本もまた、環境問題や人口減少などの構造問題を乗り越え、新たな成長の地平を切り開く必要がある。例えば「コンパクトシティ」への取り組みは地方発の日本活性化策となると考える。まちづくりにおける高密・高効率・高アクセスの追求は、産業の効率化、財政の健全化に寄与し、経済成長率を押し上げると同時に、省エネにつながり、環境に優しいことが統計的にも確認された。
  6. 人口減少や高齢化は、コンパクトなまちづくりを促進する人々のニーズを内包している。高齢化は車の運転を前提とする生活から歩いて暮らせるまちへとニーズを変容させ、まちのスプロール化に歯止めをかける。限られた財源でまちの活力を維持するため、青森市、富山市、長野市、高松市、仙台市などは明確なビジョンを持ち具体的まちづくりに着手し始めた。ニーズの変化と具体的な取り組みが、人口減少の中でも地方のまちに活力を与えている。
  7. 「まちづくり三法」の改正は郊外の大型店舗の出店に歯止めをかけ、国の公共投資の削減は地方の道路建設のペースを鈍らせる。地方都市のまちづくりプランは転換を余儀なくされるが、無秩序・無計画なまち機能の郊外拡大に歯止めがかかることで、日本の農業は追い風を受ける。商業用地への転用を目的とした農地転売が減少することで、農地の拡大が促され、近郊農業の大規模化による生産性の向上が見込まれる。農業は初期投資が大きく、参入障壁が高いため、流通網を整備しブランド化を進めることで、収益率の高い産業になる可能性を秘めている。実際に、そうした戦略を実践する農事組合法人も出始めている。