日本の財政問題と長期金利を考え直す
論文2010年秋号
野村證券金融経済研究所経済調査部 桑原 真樹
目次
- I.はじめに
- II.債券市場が重視してきたのはインフレ
- 長期金利と政府債務残高の関係
- 長期金利と経常収支の関係
- III.過去の財政危機の事例からの考察
- 戦後の英国の経験
- 日本の戦時補償打ち切り
- 1920年代のイタリアとフランス
- インフレは国の信用を最終的に反映
- IV.1920年代ドイツの経験
- V.長期金利の政治経済学
- 日本の財政の先行き試算
- 財政再建の政治経済学
- 2010年7月の参院選
- VI.おわりに
要約と結論
- 日本の財政問題に対する懸念がくすぶり続けている。政府債務残高がGDPの180%にも及ぶ中、長期金利が大幅に上昇する可能性を完全に否定することはできない。しかし、過去のデータを振り返ると、債券市場は債務残高よりもインフレ率を重視して長期金利を形成する傾向が強かったようである。
- 債券市場が政府債務残高よりもインフレ率を重視するのは、前者よりも後者の方が財政危機の可能性を正確に反映するからではないか。先進国の経験によれば、財政危機は、債務残高/GDP比が高くても生じない場合もあれば低くても生じる場合もあり、同比率は危機を予見するのに有効な指標とは言えない。むしろ、財政危機の前には、インフレ率の昂進が観測されることが多かった。
- 債券市場がインフレ率を重視するのであれば、需給ギャップからくるデフレ期待が強い現状において、長期金利が即座に大幅上昇する可能性は限定的ではないか。そのリスクが高まるのはむしろ、景気回復とともにインフレ期待が醸成されやすくなる環境においてであろう。
- もちろん、政府債務残高は無視できない。1920年代のドイツの経験が示唆するように、市場が受け入れることのできる債務残高にはどこかに限界があると考えられる。日本の政府債務残高/GDP比は、財政再建なしではいずれ400%に達すると試算される。長期金利の大幅上昇を避けるためには、インフレ期待が醸成されやすくなる環境が訪れるまでに、具体的な財政再建策を示すことが重要であろう。
- 財政再建の先行きは、最終的には、具体的な法案が国会を通過するか否かという政治経済学的な問題に帰着する。衆参のねじれが政治的意思決定を困難にする点は否めないものの、社会保障制度維持という目的が明確であれば、消費税率引き上げが有権者のサポートを得られる可能性は残されている。