2020年までの日本経済の中期見通し

論文2013年春号

野村證券金融経済研究所 経済調査部 木下 智夫、大越 龍文、尾畑 秀一、野木森 稔、岡崎 康平、土田 明寿香

目次

  1. I.はじめに
  2. II.高成長を背景にアジア発のインフレ圧力が増大
    1. アジア消費市場は飛躍的な発展期に
    2. アジアを起点とするインフレ圧力が上昇
  3. III.アジア発の国際商品市況上昇
    1. アジア発の需要拡大が原油価格押し上げへ
    2. アジアの穀物消費構造の変化が穀物市況押し上げへ
  4. IV.輸出競争力の改善が経済再生の鍵に
    1. ベースライン・シナリオ:低成長・低インフレの継続
    2. 高インフレ・シナリオ:アジアの高成長を震源としたインフレ圧力の台頭
    3. 日本経済再生・シナリオ:アジア向けの輸出シェアを維持
  5. V.おわりに

要約と結論

  1. 今回の中期経済見通しでは、アジア経済の規模拡大とそれに伴うインフレ圧力の高まりが日本経済に中期的に及ぼす変化に焦点を当てた。アジアでは中間所得階層の勃興により、「世界一の消費市場」へと変貌することが予想されるとともに、世界的インフレ圧力の発生源となることが予想される。
  2. アジアを中心とした新興国経済の高成長による、国際商品市況への影響を試算すると、比較的穏当な前提でも、原油価格(北海ブレン卜)は2020年に150ドル/バレル程度へ上昇する可能性がある。エネルギー効率の悪い新興国の経済発展により原油原単位(実質GDP単位当たり原油消費量)の低下が小幅に留まるとの前提では、同225ドル/バレルと、過去最高値を大幅に更新する結果となった。開発が進むシェール・ガスについては、輸送用燃料需要が大きい原油との間で代替性が低いため、2020年程度の時間軸では、シェール・ガス価格が原油価格に大きな影響を及ぼす可能性は低いと想定される。
  3. 今回の中期経済見通しでは、アジア発のインフレによる影響度や日本のアジア向け輸出の拡大度合いを軸として以下に挙げる3つのシナリオを想定し、日本経済の中期的な姿についてのシミュレーションを行った。
  4. ベースライン・シナリオ:低成長・低インフレが継続。アジアにおける日本からの輸入シェアが低下傾向を続け、原油価格が150ドル/バレル程度になると想定した場合、今後10年間(2011~2020年)の平均実質GDP成長率は+0.5%に留まるが、2020年の財政赤字(対GDP比)は10%程度まで低下する。経常黒字は同2.0%程度を維持し、財政破綻懸念が高まる可能性は低いとの結果となった。非常に緩慢なペースで日本経済の成長力が削がれ、厳しい経済状況へ向けて変化していく姿と言えよう。
  5. 高インフレ・シナリオ:低成長下でインフレ圧力が増大。上記と同様の輸出想定の下で原油価格が225ドル/バレルまで上昇した場合、長期金利上昇の影響から財政赤字は対GDP比13.5%まで増加する一方、経常収支は同2.9%の赤字となり、いわゆる「双子の赤字」を抱えることになる。市場の懸念が金利急騰に繋がれば、財政破綻懸念が深刻化するリスクが高まろう。
  6. 日本経済再生・シナリオ:アジア高成長の取り込みに成功。日本経済が成長戦略やアジア諸国とのFTA(自由貿易協定)の活用などによりアジア向け輸出のシェア低下を食い止め、アジア高成長の果実を享受できれば、原油価格が225ドル/バレルまで上昇したとしても、今後10年間の平均成長率は+1.4%へと改善が見込まれる。経常収支はゼロ近傍まで低下し、長期金利が上昇する中でも基礎的財政収支の赤字は大幅に縮小する可能性が高い。