日本経済中期見通し2016
-供給不足下の成長メカニズムが始動-
論文2016年新春号
野村證券経済調査部 木下 智夫、桑原 真樹、髙橋 泰洋、水門 善之、須田 吉貴、棚橋 研悟、大越 龍文
目次
- I.はじめに
- II.動き始めた供給不足下の成長メカニズム
- 企業の価格設定能力が回復
- 個人消費が弱い理由
- III.労働市場改革と企業・家計の変化
- 「GDP600兆円」の意味合い
- 日本型雇用慣行の特徴
- 企業の収益性、家計金融資産とのつながり
- 労働市場改革と家計の所得構造の変化
- 労働市場改革は進むか
- IV.中期経済見通し
- 海外経済についての前提
- 原油価格についての前提
- 為替レートの前提
- 日本経済見通し
- V.金融政策は「事実上のイールドカーブ・ターゲット」へ
- 量的な限界が近づきつつあるQQE
- QQEによる効果の源泉を探る―「均衡イールドカーブ」算出の試み
- 「事実上のイールドカーブ・ターゲット」政策
- 短期・長期金利見通し
- 日銀による国庫納付金見通し―短期的には財政に寄与
- VI.財政リスク再考
- 財政再建の2つの「可能性」
- 医療費について
- 年金について
- プライマリーバランスに対する影響
- 財政再建は選択されるか
- VII.おわりに
要約と結論
- 供給力不足に直面する日本では、イノベーションを体化させた企業の設備投資が成長を下支えする。不安定な海外環境にも関わらず企業の設備投資意欲が根強いのは、このような「供給不足下の成長メカニズム」が作動し始めた可能性を示唆している。雇用所得環境の改善にも関わらず実質個人消費が停滞しているのは、価格設定能力を回復させた企業の値上げが先行したためだが、今後は企業の生産能力拡張とともに家計の実質所得も徐々に増加、個人消費も巡航速度の伸びを取り戻すだろう。
- 「新・三本の矢」の的の一つとして掲げられたGDP600兆円には、政府の成長重視姿勢を象徴する意味合いがあろう。本当に持続的成長を目指すのであれば、資本だけでなく労働をフル活用することが必要である。日本の労働市場改革が実現し、流動性が高まれば、女性や高齢者の活用が進むだけでなく、企業再編が容易になることを通じて企業の利益率が高まり、またポータビリティのある年金を実際に「持ち運ぶ」機会が増えることを通じて家計の資産選択も変わる可能性がある。リスク資産が増え、かつ投資先の利益率が高まれば、家計の財産所得の増加につながろう。労働市場改革を起点とするこれら一連の変化は、確かにハードルは高いものの、労働力不足が高まる日本においてはいずれ起こると考えておくべきであろう。
- 2%のインフレ目標到達は2020年代と見込まれるが、国債の供給制約により日本銀行は現行の資産買入れを早晩減額せざるを得ない。「量」を目標とした金融調節が困難となる中で、中期的には、大規模化した総資産の活用を視野に入れた、「事実上のイールドカーブ・ターゲット」政策が導入されると予想する。
- 財政再建の「可能性」には、常識的に許容できる範囲で実行できるかという意味での「可能性」と、そうした施策が民主主義国家で選択されるかという意味での「可能性」がある。我々の試算では、ベッド数の調整や年金の支給開始年齢引き上げだけでも相当程度の社会保障支出が削減できる。前者の意味での「可能性」は、工夫次第で十分現実的ではないだろうか。後者の意味での「可能性」を現実的なものとするためには、高齢者まで含めた国民的合意形成の努力が必要だが、それも全く不可能ではないと思われる。