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野村プリンシパル・ファイナンス
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UHT株式会社

事業継承がスムーズに進行し、経営課題にも的確なアドバイス

UHT株式会社
取締役社長
岡田 正博
会社概要
  • 本社所在地 : 愛知県愛知郡東郷町大字春木字下鏡田446-268
  • 創立 : 1967年5月2日
  • 資本金 : 1,077百万円
  • 事業内容 : 空圧工具、集積回路・プリント基板生産用機器等の製造、販売

経緯
  • 2002年2月20日から3月25日にかけて、UHTの公開買付を実施し、対象株式の93.7%を取得。
  • その後、諸手続きを経て店頭登録を取り消し、2002年11月1日付にて新UHTとなる。

MBOを決意した背景

創業者兄弟の後を受けて1999年に社長に就任しましたが、創業者が保有する株式をどのように処分するかは創業者から課せられた宿題の一つでした。当時より野村からMBOの提案がなされていましたが、せっかく公開した会社を一旦非公開化するなど仕組みが大掛かりすぎることや、株式公開時に担当者であった私としてはMBOの実施に抵抗感があったのも事実です。こうした考え方を改め、MBOを実施する契機となったのは、昨年のITバブルの崩壊と業績の急激な落ち込みでした。2002年4月期の売上が半減することがわかった段階で、今後20年、30年生き残る企業にするためには、製品の高付加価値化や営業の建て直しはもちろん、市場の徹底的な洗い直し、持てる技術の応用可能性の追求など、抜本的な構造改革を早急に行う必要があるとの危機感を抱いたのです。この様な抜本的な構造改革を断行するためには、社内の求心力を一段と高める必要がありましたし、株主のみなさまには、ITバブル崩壊前のような急速な成長をお約束できず、当面その負託にお応え意義を明らかにしていきたいと考えておできないわけですから、何とか今までのご支援に対するご恩にも報いたいと考えました。NPFとは、決断までに十数回のミーティングを持って意思疎通を図り、公開買付価格の設定につきましても、株主のみなさまに対する私の気持ちを十分に汲み取って頂ける価格で合意することができました。一旦決断した後は、NPFのサポートのおかげで、公開買付を実施し、経営陣への株式配分を行うことができ、現在は、当初の目的通り次の飛躍に向けて経営改革に邁進しております。

最も懸念したこと

我が国ではMBOはまだ新しい手法だっただけに、取引先や従業員などが本件をどのように解釈するか不安でした。実際、「リスクをとってよくやった、できることなら私もやってみたい」と評価してくれる経営者仲間もいれば、「無借金の優良会社として、他にも方法はあったのではないか」と懸念される方もおられました。これらのみなさまに対して、経営改革を成功させることで本件の意義を明らかにしていきたいと考えております。

野村をパートナーとして

野村は、公開買付はもちろんMBOの実施に必要な諸手続きについても実績がありますので、一旦MBOの実施を決断した後は非常に安心感がありました。 MBOの実施には、予期せぬ事態が必ず起こるものですが、野村とは常に対話を持ちながら着実に問題を克服することができました。UHTは2002年11月に株式の受け皿会社との合併を実施し、新たなスタートを切りました。経営会議での議論等を通じて、具体的な経営課題や優先順位については関係者間でほぼコンセンサスができてきました。既にNPFからは各種情報の提供や野村グループのコンサルタントの紹介などを受けていますが、MBOの本旨である経営改革の実施はこれからが本番であり、抽出された経営課題に対する適切なアドバイスや実行支援に期待しております。