ノーリスクとは言えない農リスク:食糧危機から考えるSDGs

世界的な食糧危機

ウクライナ紛争による化石燃料の供給問題に注目が集まっていますが、世界の食料・肥料市場にも影響が出ていることをご存知でしょうか。FAO(国連食糧農業機関)によれば、2021年の小麦、トウモロコシ、菜種、ヒマワリの種、ヒマワリ油の世界輸出において、ウクライナとロシアはともに上位3カ国に入る大国。また、ロシアは肥料原料の輸出において非常に存在感が大きく、窒素肥料で世界第1位の輸出国、カリウム肥料において世界第2位の生産国、リン肥料で世界第3位の輸出国の地位を占めています。ウクライナ・ロシアからの食料・肥料供給が大きく減少することは、世界的な食糧危機を意識させる事態と言えるでしょう。

ウクライナは欧州のパンかご

ウクライナは肥沃な黒土に恵まれた穀倉地帯で、「欧州のパンかご」とも呼ばれています。しかし、2022年3月の農産品輸出(トウモロコシ、小麦、ヒマワリ油、大豆)は前月の1/4にまで減少。またウクライナ農業政策・食料省の表明によれば、2022年の農産品輸出額は151億ドルとなる見込みで、これは2021年の277億ドルに対し前年比-45.5%とほぼ半減。ウクライナ産の農産品に依存する欧州や中東、アフリカ諸国などにとっては、極めて厳しい事態と言えます。

※ウクライナ経産省発表、季節調整値でないとみられる点に注意

国際機関が分析・対策を進める

この危機的な状況を受けて、国連をはじめとした国際機関が分析・対策を進めています。WTO(世界貿易機関)は4月11日に報告書を公表し、ウクライナ・ロシアの世界輸出シェアが高い主要4品目について代替的な調達先の候補を示しました。またFAOでは3月25日にシミュレーションを公表し、ウクライナ・ロシアからの供給源を2022/23穀物年度(以下、2022/23年度)に埋め合わせることは出来ず、国際食料・飼料価格が3月末の水準から更に8%~22%ほど押し上げられるとの試算を示しています。

ウクライナ・ロシアによる世界輸出シェアが高い品目と代替調達先

ウクライナ・ロシアによる世界輸出シェアが高い品目と代替調達先

(注)「両国」はウクライナ及びロシアを指す
(出所)WTO資料より野村作成

食料事情を巡る4つのチェックポイント:いずれも不透明

(1)紛争の終息が見通しにくい

ウクライナにおける主要作物の生産サイクルは下の図の通りです。作付け時期は農産物と地域によって異なるものの、概ね3月から5月にかけて行われるものが多く、これらの作物に関しては、2022/23年度の収穫量が大きく減少するリスクがすでにかなり高まっている可能性があります。小麦に関しては7月頃に収穫が行われたのち、8月~9月にかけて作付けが行われるため、この時点でどの程度の農業生産が可能であるかが重要なチェックポイントになると考えます。

ウクライナにおける主要作物の生産サイクル

ウクライナにおける主要作物の生産サイクル

(注)独立行政法人農畜産業振興機構・調査情報部が、USDA Office of Chief Economist(米国農務省首席エコノミスト室)及びイリノイ大学資料から作成したもの。緑は作付け時期、赤は収穫時期を意味する
(出所)独立行政法人農畜産業振興機構資料より野村作成

(2)ウクライナにおける農業生産能力の状況が不明確

ウクライナの農業政策・食料省が4月14日に発出したプレスリリースでは、2022年春の作付面積は1,401万ヘクタールで、前年度の1,692万ヘクタールから-17.2%の減少。4月1日時点では同-20.6%の減少が見込まれていたことから、状況はやや改善したと言えるものの、紛争の展開次第ではこの計数も変動する可能性が残ります。

(3)代替的な供給先がどこまで頼りになるか不明

たとえば農業大国である米国についてみると、3月31日に農務省が発表した「作付意向調査」(調査期間:2月26日~3月19日)では明確な増産の意向は確認できませんでした。ただし紛争が本格化した直後の調査であるため、6月30日(米国時間)に公表される「作付面積調査」において、実際の作付面積がどの程度になるかに注目。また、「世界農業需給推計レポート」5月号で新年度(2022/23年度)の需給見通しが示される場合、米国農家が作付面積を決定する上での判断材料になる可能性があるため、こちらも注意が必要です。

(4)肥料供給を巡る状況が不透明

中国による肥料の輸出制限を背景に、肥料価格は2021年中頃からすでに上昇を続けていました。こうしたなか、紛争が本格化し経済制裁が発令されたことで一段の押上げ圧力が働いています。日本においては、肥料輸入の1/4がロシアからカナダ及びヨルダンに切り替わる見込みという報道があるほか、今年後半にかけて国内の農業生産コストに影響が出てくる可能性があります。

単位面積当たりの肥料使用量(2018年)

単位面積当たりの肥料使用量(2018年)

(注)G7(日本、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国、米国)及び農業生産額世界第1位~5位(中国、インド、米国、インドネシア、イラン)を比較
(出所)世界銀行資料より野村作成

なお、日本は単位面積当たりの肥料使用量が世界平均に比べ多いことが上の図から分かります。肥料価格の上昇による農産物への価格上昇圧力は、諸外国と比較しても大きめになる可能性があると言えるでしょう。

野村リサーチレポート「日本経済ウィークリー:ノーリスクとは言えない農リスク」(2022年4月22日)より

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