サステナビリティNOW #3誰もが社会人として対等に、社会に貢献できる存在に

右: 野村ホールディングス グループ広報担当執行役員 谷垣浩司、左:株式会社LORANS. 代表取締役 福寿満希氏

日本では人口の約7.6%、およそ964万の人が身体・知的・精神などの障がい当事者と言われています1。社会貢献と思われがちな障がい者雇用ですが、少子高齢化・VUCA2の時代を生き抜くために必須とも言われるのが、多様な人材・能力を総括用するダイバーシティ経営。「誰一人取り残さない」SDGsの達成にもつながる取り組みです。今回、野村ホールディングス執行役員の谷垣が対談したのは、その障がい者雇用の第一線に立つ株式会社LORANS.の代表取締役である福寿満希さん。就労継続支援A型事業所の運営も行うLORANS.は、社員の75%を占める障がい当事者が中心となってフラワー事業を行い、東京都の原宿と天王洲アイルでフラワーショップやカフェなどを運営しています。

1. 内閣府「令和3年 障害者白書」より
2. Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語で、見通しが立ちにくい不安定な状況を表した言葉

谷垣: 野村では2019年10月に「野村かがやき」を設立、2020年1月に特例子会社3の認定を受けて、障がい者雇用に積極的に取り組もうとしています。まさに多様性ある人材はグループの宝で、国籍、LGBTQやキャリアのバックグラウンド、そして、障がいの有無に関わらず、多様な人が活躍できる環境作りが重要だと考えています。今回は福寿さんから勉強させていただきたいと思い、対談をお願いしました。
よくある質問かもしれませんが、障がい者雇用の現状や難しさについて教えてください。

3.「障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できる」制度(厚生労働省より)

福寿: ありがとうございます。もとは私が学生時代、教員免許取得のため教育実習で特別支援学校を訪れた際、障がいや難病と向き合う生徒たちの就職先があまりにも少ないことを知り、子どもの「将来働きたい」という夢がかなう社会の実現を願った体験から始まっています。今、65名の社員がいますが、そのうち50名弱は当事者です。
障がいと一言に言っても色々あります。見える障がい、見えない障がい。見える障がいであれば困っていることは何かをイメージしやすいですが、精神障がいのように見えない障がいの場合は、適切な配慮の方法が、その人によって違います。見えない分、周りと認識のすれ違いも起こりやすいのです。色々な方法を試しながら、それぞれにあったやり方を一緒に見つけていくことになるので、時間はかかりますが、「こうすれば一緒にやれるね」と答えが見つかった時の喜びも倍増します。

谷垣: 健常者の方も難しさを感じるのですね。

福寿: そうですね。障がい者雇用を始めて一年目は、当事者と一緒に働く健常者が次々に辞めてしまうことがありました。当事者に比べ業務量や責任負荷が重くなってしまったことに加え、一般雇用と当事者では最低賃金は変わらないという現実もあり、疲弊してしまったのです。当事者だけが働きやすい環境を作っても、現場はまわらないことを実感しました。

※就労継続支援制度にはA型とB型があり、A型事業所の場合、利用者と雇用契約を結ぶことから、原則、一般雇用と同じように最低賃金以上の給与が支払われます

谷垣: 健常者の社員が離職していったのですか?

福寿: 一般的には障がい当事者の定着率がなかなか伸びない課題があり、精神障がい者であれば半年継続率は48%と言われています。一方で、そこに関わっている健常者たちも、悩みや事情を抱えながら仕事をしているという認識が、十分ではなかったのです。

谷垣: その難しい状況を変えるきっかけは何だったのでしょうか。

福寿: 当事者たちばかりが配慮して欲しいことを伝えるのではなく、健常者スタッフもそれぞれが抱えている状況をシェアするようにしました。例えば、家に帰ると介護があったり、小さい子どもを育てていたり、働く上での障がいは、障がい者手帳を持っている人だけが感じているのではありません。お互いが状況共有を行うようにしたら、今まで「してもらう」側だった当事者も、「してあげたい」と思うようになり、みんなの意識が変わってきました。

谷垣: 一方的だったものが、双方向になって、コミュニケーションがとれるようになったわけですね。

福寿: 支える側・支えられる側にわかれてしまうことが多いですけど、その垣根なく、みんなが一人の社会人として対等であることを目指しています。

細かな評価項目、新しい人事制度

谷垣: 「野村かがやき」は設立2年半が経ち、当事者の雇用を31名から59名(2022年4月時点)に増やすことができました。今後は社員が長く勤め続けられる人事・キャリア支援制度の整備が課題だと考えています。御社では、社員のステップアップを応援するために、どのような取り組みをされていますか?

福寿: 障がいの有無に関係のない、フラットな人事制度を新たに作りました。仕事に必要な体力と、個人のスキルや業務能力に応じて9ステップにわかれています。たとえば、私たちは「毎日会社に行く」ことが働き方のベースになっていると思いますが、週5日出勤して8時間働くことが体力的に難しい人も、実は多いのです。働く体力がしっかりある、毎日出勤する、ということが当事者にとっては大切な目標なのですが、健常者であっても会社に行くことが辛い日はありますよね。日々の小さな達成として、きちんと会社に来るということも全員の評価項目に入れています。

谷垣: 評価項目が9つですか?

福寿: 評価項目自体は実は60くらいあります。会社が精神的に安全な環境であるために、言葉遣いや、大きな声や音を出さないなど、すごく基本的で、私たちもうっかり忘れがちなことも入っています。そしてそれを毎日続けることができたかを振り返ります。減点式ではなく加点式で、積みあがった評価ポイントは給与にも反映されます。

谷垣: 御社では2016年から本格的に障がい者雇用を開始されました。新しい活躍の場を求めて巣立っていった方もいると思います。

福寿: さまざまなパターンがありますが、最近では大手の花屋さんに就職したスタッフがいました。私たちは就労継続支援の認可を受けているので、働き続けられる環境を整えることも一つですが、次にステップアップしたい人を送り出す役割も担っています。

地域との共生

谷垣: 当社は日本全国に拠点を構え、地域に密着したビジネスを大事にしています。その土地やお客様が抱える社会課題を解決し、地域と共生していくことを目指しています。
御社も「お花屋さんの子どもごはん」4「子ども第三の居場所」5といった活動を通し、地域コミュニティとのつながりを大事にされていますね。

4. お花屋さんの子どもごはん:貧困や孤食などの家庭事情により、いろいろな人との関わりを必要とする子どもに食事や花を提供するプロジェクト。障がいや難病当事者が調理など運営を担当
5. 子ども第三の居場所:「お花屋さんの子どもごはん」プロジェクトの一つ。2021年に公益財団法人日本財団「子ども第三の居場所」事業の採択を受け、地域の子どもたちが食事を楽しみ、さまざまな体験ができる場の提供を開始。障がいや難病当事者が主体となり調理など運営を担当

福寿: この原宿店ができた2017年頃から、渋谷区「子どもテーブル」に参加し、月1回ほど子どもを受け入れて食事を提供する取り組みを始めました。活動を続けるなかで、都会ならではかもしれませんが、地域・近所付き合いがないために、子どもの孤食が増えている現状を目の当たりにしました。LORANS.で働く当事者のなかには、子どものころに人とコミュニケーションを取る機会が少なく、対人関係で超えられないハードルが増えてきてしまったスタッフがいます。孤独に陥る子どもを一人でも減らすことができないかという想いで、2020年頃から本格的に取り組むことになりました。当事者が主体となり運営をするところが特徴だと思います。その中でも、2021年に日本財団が行う「子ども第三の居場所」の採択を受けたことをきっかけに、近隣小学校に通う児童の居場所づくりも始めました。

谷垣: ここに来る子どもは何人くらいですか?

福寿: 5人から10人くらい、平日の17時から19時に受け入れています。「ただいま」という感じで、学校でも家でもない、その中間にある「第三の居場所」という立ち位置で行っています。食事だけではなく、花を束ねる体験もしますし、当事者のスタッフと接点を持つことで、みんなそれぞれ「違う」、そして「違っていい」、ということに気づくきっかけになればと思っています。
この取り組みを始めて、思わぬ効果が1つありました。当事者スタッフの意識が変わったのです。いつもは、社会課題の「対象」として考えられ、どちらかというと配慮をしてもらう側の当事者が、子どもを取り巻く「問題解決」に取り組んでいく。何かを与えることで、今まで自分が与えてもらったことのありがたみを実感し、仕事に対する姿勢にも変化が現れています。

谷垣: 子どもと当事者の間だからこそ、何かが生まれているのかもしれませんね。子どもたちには変化はありましたか?

福寿: 最初は来たくないと言っていた子どもが、ここは自分がいていい安心安全な場所だと認識してくれたり、大人が何人もいるので普段聞けない話が聞けたり、すごく勉強になったという嬉しい反応があります。学校や家庭で触れ合うことが少ない世代の人と時間を共有することで、新しい発見をたくさん積むきっかけになると期待しています。

社会課題の解決、ビジネスモデルを描き、サステナブルに

谷垣: 障がい当事者が働きやすい環境を作るため、活動の場を広げてきた福寿さんですが、今後の目標を教えていただけますか。

福寿: 多くの中小企業から、障がい者雇用に関心はあるものの実現が難しいと相談を受けることがあります。一方で、働くことを希望する当事者はたくさんいて、ニーズが上手く結びついていないと感じています。そこで、「ウィズダイバーシティプロジェクト」6という、複数の中小企業が障がい者雇用を共同で運営・創出する仕組みをつくりました。業務の確保、仕事の発注、雇用環境の整備、人材育成などの役割をそれぞれが分担することで、雇用の創出と維持を目指す試みです。これまでの2年間で15名の雇用を作ることができ、来年は50名以上の見込みが立っています。これまでは自社雇用にこだわっていたのですが、「みんなで一緒にやろう!」と思うようになってきて、新しい雇用のありかたが日本に定着するように実績を積み上げていきたいと思っています。

6. ウィズダイバーシティプロジェクト:一社ではハードルが高いとされる障がい者雇用を、複数の企業がパートナーシップを結び、それぞれの企業が役割を分担して取り組むことで、障がい者の共同雇用を推進・実現するもの。https://www.with-diversity.com/

谷垣: 福寿さんにとってサステナブルな社会とは、どのような社会ですか。

福寿: SDGsが世界的な目標に掲げられていますが、流行りもののようにはなって欲しくないと思います。企業や個人の方が、SDGsを一つの指標にして取り組むことで、有益な事業やプロジェクトが生まれたらいいと思うのですが、それがボランティアになってしまうと続かない。想いだけが先行することなく、しっかりとビジネスに紐づけて考えることが継続のために大切だと思います。

谷垣: 無償で何かをするのでは、続かない、サステナブルじゃないですね。

福寿: 障がい者雇用も、企業にとっては「義務」として雇用者数を追ってしまいがちですが、一人ひとりの仕事が会社に貢献し、成長を支える存在に変わっていければいいなと思っています。

福寿満希氏
1989年生まれ、石川県出身。2013年に“花や緑を通じて社会課題に貢献する”を企業理念に掲げ株式会社LORANS.を設立。2016年、障がい者によるフラワーサービスの提供に可能性を感じ、就労継続支援A型事業所を開所。2019年からは東京都国家戦略特区と連携し、障がい者の共同雇用を促進するため、ウィズダイバーシティ有限責任事業組合を設立。

野村かがやき
野村グループにおいて、障がい特性に配慮した業務の確保、職場環境の整備および適切な専門スタッフの配置等をより柔軟に行うため、2019年10月に設立、2020年1月23日に特例子会社の認定を取得。障がい者雇用の促進と安定を通じて、共生社会の実現を目指しています。

撮影:花井亨

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