気候変動の次は「生物多様性」:ESG投資で注目

気候変動分野に続くESG投資の分野として、大きな注目を集めているのが生物多様性。分野としての成熟度は気候変動分野に比べ劣るものの、近年、急速に概念整理や計測手法の研究が進んでいます。2022年には、2030年までのグローバルな生物多様性目標が採択される予定であることからも、生物多様性への注目は今後増していくと考えられています。

生物多様性に係る目標

生物多様性を巡る国際的な取り組みは、大枠において気候変動問題と同様の枠組みで行われています。すなわち、気候変動枠組条約(UNFCCC, United Nations Framework Convention on Climate Change)に相当する国際条約として、生物多様性では生物多様性条約(CBD, Convention on Biodiversity)が締結されています。その締約国会議も気候変動問題と同様に行われており、2021年10月にはCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)の第1部が開催されました。

ポスト2020生物多様性枠組の策定に関する動き

2021年
10月11日~15日:COP15(生物多様性条約第15回締約国会議)第1部(於中国)

2022年
3月14日~27日:SBSTTA24(第24回科学技術助言補助機関会合、於スイス)
3月14日~28日:SBI3(第三回条約実施補助機関会合、於スイス)
3月14日~29日:OEWG3(ポスト2020生物多様性枠組に関する第3回公開作業部会)第2部
5月22日:国際生物多様性の日
6月17日~18日:SBI3第9号に係る研究会(計画・モニタリング・報告・レビューの強化に関する選択肢の検討)
6月21日~26日:OEWG4(ポスト2020生物多様性枠組に関する第4回公開作業部会、於ケニア)
6月29日~7月1日:ポスト2020生物多様性枠組の指標に関する技術会合(於ドイツ)
第3四半期(8月?):COP15第2部(於中国)
9月:日本が生物多様性国家戦略の改定案を閣議決定(改定案は早ければ6月にも提示の可能性あり)

(注)COP15第2部の開催日程は、国連生物多様性枠組み条約のウェブサイトにおいて8月の欄に記載されていること、独立系シンクタンクであるIISD(持続可能な開発に関する国際機関)が8月29日~9月9日開催としていることを踏まえて表記しているが、いずれも暫定的な日程に過ぎない点に注意。
(出所)生物多様性枠組条約ウェブサイト、環境省(日本)、各種資料より野村作成

COP15では2030年を目標年とする「ポスト2020生物多様性枠組」の採択が目指されています。CBD事務局は、「愛知目標」(戦略計画2011-2020)の達成度合いは限定的だったと「地球規模生物多様性概況第5版」において分析しており、ポスト2020生物多様性枠組の策定プロセスではその反省が踏まえられている模様です。

愛知目標の達成状況

愛知目標の達成状況

(出所)国際連合資料より野村作成

反省の一つが「定量的な目標の不足」。愛知目標にも定量的な目標は盛り込まれていたものの、多くが定性的な内容に止まっていました。生物多様性の保全においてカギを握る発展途上国が、経済発展の段階について大きな差があることを踏まえると、グローバルに統一された定量目標で合意することが困難だったと考えられます。愛知目標では、実効的な目標設定とグローバルな合意形成のトレード・オフにおいて、後者にやや重きが置かれたものとみられます。ポスト2020生物多様性枠組では、定量的な目標を愛知目標より重視する方向で議論が進んでいる模様で、2021年7月に提示された草案でも定量的な目標が並んでいることが分かります。問題は、こうした定量的な目標について締約国が合意できるかどうかと言えるでしょう。

ポスト2020生物多様性枠組(草案)の定量目標

  • 2.淡水・海水・陸上生態系の接続性を確保し、それら生態系のうちの優先度の高いものに焦点を絞りながら、劣化した淡水・海洋・陸上生態系の少なくとも20%が回復過程にあることを確保する。
  • 3.世界全体の陸域及び海域の少なくとも30%(特に生物多様性と人々への貢献にとって重要な区域)が、効果的、効率的かつ生態学的に代表的で統合された区域ベースの保全手法や、その他の効果的な区域ベースの手段によって保全され、より広域の陸地・海洋システムに統合されることを確保する。
  • 6.優先種及び優先地域に焦点を当て、外来種の侵入経路を管理し、外来種の侵入率及び定着率を少なくとも50%予防又は削減し、外来種の影響を除去又は低減するために外来種を管理又は根絶する。
  • 7.すべての発生源からの汚染を、生物多様性や生態系の機能、人間の健康に害を及ぼさないレベルまで低減する。これには、環境に放出される栄養素を少なくとも半分に、農薬を少なくとも2/3削減し、プラスチック廃棄物の排出をなくすことが含まれる。
  • 8.気候変動が生物多様性に及ぼす影響を最小化し、生態系に基づくアプローチを通じて緩和と適応に貢献し、少なくとも世界的に年間10 GtCO2eだけ緩和に貢献し、すべての緩和と適応の努力が生物多様性への悪影響を回避することを確保する。
  • 15.すべての企業(公共・民間、大・中・小)は、生物多様性への依存度と影響を地域レベルから世界レベルまで評価・報告する。これは、負の影響を少なくとも半分に減らし、正の影響を増加させ、企業に対する生物多様性関連のリスクを低減し、採取と生産の慣行、調達とサプライチェーン、使用と廃棄の完全な持続可能性に向けて前進する。
  • 16.関連情報や代替手段へのアクセスを持ったうえで、人々が(文化的嗜好を考慮したうえで)責任ある選択が可能になるようにした上で、少なくとも廃棄物を50%削減し、関連する場合には食料その他の物質の過剰消費の削減を奨励する。
  • 18.公正かつ公平な方法に基づき、生物多様性に害を成すインセンティブを再誘導・転用・改革・排除する。その際、全ての有害なインセンティブを少なくとも年間5000億ドル削減する。そのうえで、公的・民間の経済的・規制的インセンティブが生物多様性に対して中立ないし好ましいものになるようにする。
  • 19.能力構築、技術移転、科学協力の強化、そのほか当該枠組みのゴールとターゲットに向けた行動の開始・実行におけるニーズを充足するため、民間金融や国内資源の再配置を利用したり、生物多様性に係る自国の資金計画を念頭に置いた上で、資金を年間2000億ドル(途上国向け資金援助額は少なくとも年間100億ドル)増額する。

(注)2021年7月に公表された草案のうち、定量的な目標に言及があるもののみを抜粋した。図中の赤字部分は、各目標のうち定量的な部分を示している。
(出所)国際連合資料より野村作成

COP15が2部構成で開催されている背景には、コロナ禍による世界的な混乱に加え、ポスト2020生物多様性枠組の合意形成が遅れている面もあると考えられます。実際、当初は2022年3月の会合(SBSTTA24、SBI3、OEWG3)においてポスト2020生物多様性枠組が大枠で合意、4月25日-5月8日に予定されていたCOP15第2部で正式に採択するスケジュールが意識されていました。ところが、3月の会合では十分に議論が収束せず、CBD事務局は6月にも再び準備会合を開催することとし、正式な採択の場であるCOP15第2部の開催は2022年7-9月期と暫定的な日程しか示されていません。このことは、3月に行われた各会合の成果文書におびただしい数のブランケット(各国の意見の相違を反映する留保)が表れていることからも読み取れます。

とはいえ、もちろん議論には進捗も見られます。(1)2030年までに陸地と海洋のそれぞれ30%を保護・保全する目標案(30by30)について多くの国が支持したこと、(2)気候変動と生物多様性に関する目標案について、多くの国が自然を活用した解決策(Nature-based Solutions)により緩和・適応に貢献することを支持したこと、(3)ビジネスと生物多様性に関する目標案について、企業が自然への影響と依存度に係る情報開示や負の影響削減を進められるよう政府が取り組むことを多くの国が支持したこと、を環境省では3月会合終了時点での成果と整理しています。

生物多様性の情報開示を巡る動き

CBDにおけるグローバルな目標設定と並行する形で、生物多様性・自然資本に関する情報開示の枠組みの整備も進められています。気候変動問題についてはTCFD (Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)がグローバルに採用され、日本でも4月からプライム市場上場企業にはTCFD準拠の開示が求められています。これと同様に、生物多様性においてはTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が設置され、2022年3月にはTNFDによる開示フレームワーク案(バージョン0.1)が公表されました。TNFDは、自然資本・生物多様性のグローバルな開示基準になることが予想されており、企業や投資家などからの意見収集とそれを受けたフレームワークの改定作業を2022年6月、10月、2023年2月に行った上で、9月に最終版が提示されることになっています。

なお、2022年6月にはTNFD開示フレームワークのパイロットテストが開始される予定。翌年6月末まで実施されるパイロットテストで得られた知見は、2023年9月の最終版公表に向けた重要なインプットになります。草案(バージョン0.2)の公開に合わせて、金融機関や事業会社等がパイロットテストに参加するための追加的なガイダンスが公表されることで、企業側からの情報発信が増える可能性があります。今年後半から来年前半にかけてTNFD開示フレームワークに基づく企業からの情報発信が増えていく展開に注目が集まります。

野村リサーチレポート「ESGリサーチ(政策)」(2022年3月17日)、「野村ESGマンスリー」(2022年5月12日)より

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