2022年7月
サステナビリティNOW #4サステナブルな世界、宇宙でも
宇宙に1億個以上あると言われるものがあります。みなさん、何だと思いますか?
ゴミです。宇宙ゴミ(スペースデブリ)とは、人工衛星やロケットの残骸、その破片といった、地球の周回軌道上にある不要な人工物体のことを指し、その数は1cm~10cmのもので約100万個、1mm~1cmでは1億3000万個にもなると言われています1。宇宙産業の拡大とともにデブリ(ゴミ)は急速に増え続け、このままでは宇宙が使えなくなってしまうほど危機的な状況です。しかしながら、宇宙のゴミ問題が地上にいる私たちにどう影響するのでしょうか。
1. 欧州宇宙機関(European Space Agency)より
今回の対談のお相手は、そのスペースデブリを除去することで、利用可能な宇宙を将来に残そうと取り組む、株式会社アストロスケールホールディングス創業者兼CEOである岡田光信さんです。宇宙を取り巻く環境、そして私たちの生活との関係について、グループ広報担当執行役員の谷垣浩司がお話を伺いました。
谷垣: 金融の世界ではサステナブルファイナンスへの注目が日々高まっています。資金調達をする側だけでなく、投資を通して社会課題解決に貢献したいと考える人が増えていて、時代のニーズに沿ったお金の流れをつくることが当社の役割だと感じています。御社では、宇宙の環境を守ることで、将来にわたって利用可能な宇宙づくりを目指されており、まさにサステナビリティの原点といえるのではないでしょうか。まず、アストロスケール設立の経緯についてお聞かせください。
岡田:
最初のきっかけは「中年の危機」でした。40歳を目前に控え、自分が進むべき将来の方向性に悩んでいたある時期、ふと本棚から、学生の頃に日本人初の宇宙飛行士である毛利衛さんからいただいたメッセージカードが出てきたのです。「岡田光信君、宇宙は君達の活躍するところ」、そう書かれていました。15歳の時に「スペースキャンプ」という、アメリカで行われる宇宙科学の体験学習プログラムに参加したのですが、そこでいただいたものです。その言葉に導かれるように、まずは宇宙の最新トピックスについて調べてみようと、すぐに海外に飛びました。
3つほど宇宙専門の学会をまわり分かったのは、月面探索でも新型ロケットでもなく、宇宙ゴミが一番の課題であることでした。2013年4月、スペースデブリ専門の学会があり、どれだけすごい話が聞けるだろうと期待してドイツに向かうと、そこでは「2020年代半ばには」と10年も先の議論をしていた。当時IT業界にいた私の時間軸は「週」だったので、「年」単位の解決策は無いのと同じだと考えたんですね。アストロスケールを設立したのは、その1週間後です。
谷垣: そこから、情熱を持って取り組まれていった。
岡田:
当初は、宇宙専門の学会に行っても、やめた方がいいと言われるばかりでした。まず、市場がない。誰がお金を出すのか、民間がやることじゃない、ましてやスタートアップがやることではないといった忠告もありました。ただ、多数の企業が競り合うIT業界にいた私には、競合がいない市場はチャンスにしか思えなかった。市場がなければつくればいいので。
私たちの生活の多くは宇宙のおかげで成り立っています。しかし、このままいけば、宇宙はデブリで溢れ使えなくなってしまう。解決策がないなら、自分でつくろう、自分にできることがあるはずだと、わくわくしたことを覚えています。
©Astroscale
「スペースデブリ」
谷垣: 2013年当時と比べると、スペースデブリという言葉を目にする機会はだいぶ増えました。ただ、我々のような一般の人には宇宙の状況を想像しにくく、いまだ馴染みの薄い社会課題と言えると思います。宇宙が今どうなっているのか、教えていただけますか?
岡田: 宇宙には今、大きいものだけで4万個2ぐらいの人工物体があり、その1割が稼働中の人工衛星、残りの9割はロケットの残骸や役目を終えた衛星とその破片などの「ゴミ」です。そのゴミは秒速7~8kmで飛んでいて、これは東京から大阪までを一瞬で移動してしまう速さです。サイズは大小さまざまですが、大きいものだと観光バスくらいになり、さらに飛ぶ方向はバラバラです。宇宙は広いから大丈夫だろうと思われるかもしれませんが、ゴミは何十年と同じ軌道の上を回遊し続けるので、除去しなければ当然増えます。軌道が混雑するにつれて衝突リスクが高まっているだけでなく、実際に衛星とデブリの衝突はこれまで何回か起きています。普段あまり考える機会はないかもしれませんが、テレビの衛星放送、天気予報、GPSそしてインターネットもすべて、衛星を介して私たちのもとに届いています。衛星がなければスマートフォンが使えないと知ったら、少し自分ゴトになるでしょうか。
2. 欧州宇宙機関(European Space Agency)より
今、宇宙では、衝突によって増えたデブリがさらなる衝突を生む、連鎖反応が起き始めています。本当に小さな破片であっても、秒速8kmの衝撃は大きく、衛星を爆発させてしまう可能性があります。衛星の1km以内にデブリが接近する「ニアミス」は、毎月何件くらい起きていると思いますか?
谷垣: …想像もつかないです。
岡田: 2,000回です。1日にすると約60回。宇宙における物体の数は閾値に達し、もう待ったなしの状況です。
谷垣: 一刻も早い対応が必要なのですね。世界中が御社に期待を寄せる理由がわかりました。デブリには具体的にどういった対応方法があるのでしょうか。
©Astroscale
岡田:
アストロスケールでは複数のアプローチで宇宙環境改善に取り組もうとしています。主には、故障機や物体の観測・点検、軌道維持や姿勢制御などによる衛星の寿命延長を目指すサービス。そして、任務を終えた衛星や既存デブリなどの捕獲と除去です。
これらを可能にするのが、デブリを安全・確実に捕えるという技術ですが、先ほど申し上げた通り、デブリの動きは早く複雑なため、まだ誰も確立できていません。当社でも研究を進めていて、2021年3月には「ELSA-d」3と名付けた実証衛星を打ち上げ、同年8月には宇宙空間で分離させた模擬デブリの試験捕獲、そして今年4月、再度分離させた模擬デブリを遠距離から観測し、追跡・接近することに成功しました。これは非常に画期的な成果で、各方面から問い合わせが増えています。裏を返せば、それだけ宇宙は深刻な状況であるとも言え、一刻も早く事業化できるようチームで取り組んでいるところです。
3. End-of-Life Services by Astroscale-demonstrationの略、デブリ除去技術実証衛星のこと
宇宙もリユーザブルに
谷垣: そもそも宇宙ゴミは誰のものなのでしょうか。出した人の責任にはならないのですか?
岡田:
誰が出したものかは、ほぼ分かるのですが、デブリに関して法的拘束力のある国際ルールは現在のところありません。宇宙開発に関わっている国は世界に100程度あり、その中でも米国、ロシア、中国が主要3カ国です。ではゴミもこの3カ国の責任か、というと、そう簡単な問題でもないのです。宇宙開発によって恩恵を受けているのは、世界中の人々だからです。開発する側だけの責任なのか、受益者が負担すべきなのか――。終わらない議論です。
ゴミが増える原因の一つがバリューチェーンの不在だと考えます。たとえば自動車であれば、給油や修理といった維持管理サービスから最後はスクラップまで、市場が出来ています。宇宙でもここを埋めることができれば、これまでの「使い捨て」文化はなくなり、宇宙はもっとリユーザブルで持続可能な空間になると思っています。
谷垣: 最近では民間人による有人飛行が続き大きな話題になりました。もう何年もしないうちに宇宙旅行が当たり前になると期待されています。
岡田: 現在、ISS国際宇宙ステーションに7名と、中国の宇宙ステーションに3名、合計10名4が宇宙に滞在していますが、おそらく8年くらいで年間数百人単位になるだろうと考えています。民間ホテルの建設がもうすぐ始まり、サイエンスフィクションでしかなかった宇宙旅行の話が現実のものになろうとしている。だいぶ変わりましたよね。そのためにも宇宙の安全を取り戻すことが重要なのです。
4. 2022年6月5日時点
谷垣: 御社の活動もあり、宇宙ゴミに対する認識も上がってきました。
岡田:
2021年に英国・コーンウォールで開催されたG7では、各国が宇宙の持続可能性を確保することを約束し、共同ステートメントに盛り込まれました。宇宙環境保護のため、スペースデブリ除去ならびに軌道上サービスを歓迎すると記され、国際的にその重要性が認められたことになります。
先日、英タイム誌の「世界で最も影響力のある100社」に選ばれるという大変うれしいことがありました。アストロスケールが本当に世界に影響を与えているのだとすれば、世界は持続利用可能な宇宙を目指して進んでいるということです。想いを共に日々頑張っている社員にも励みになります。
アストロスケールが取り組んでいるのは、軌道上サービスです。たとえば高速道路には、事故や渋滞による影響を最小限に抑え、安全に使い続けるための、交通情報やロードサービスといった仕組みがあります。この「宇宙のロードサービス」が我々のやろうとしていることです。そしてこれが特別なことではなく、当たり前になるまで広めたい。2030年までに達成したいと思っています。またそのために、技術だけでなく、ルール作りやビジネスモデルの確立にも取り組んでいます。
2030年
©Astroscale
谷垣: 国際的な協調が大事ですね。
岡田:
スペースデブリ問題は、ようやく、各国内でレギュレーション作りに向けた議論が始まりました。私はこの3~4年でそれなりのルールが作られ、その後4~5年をかけて各国間での調整が進むと思っています。
なぜ2030年かというと、SDGsの達成目標が2030年だからです。宇宙の技術が持続利用可能でなければ、17目標を実現することは叶いません。地域間の教育格差をなくそうと思っても、衛星のデータがないとできませんよね。
谷垣: 宇宙はSDGsの出発点ですね。2030年の目標に向かうなかで、課題は何ですか?
岡田:
ミクロかマクロかにもよりますが、ミクロ面では雇用です。現在、世界中に約300人の社員がいますが、私は今のこのチームが最強だと自信を持っています。この先チームが大きくなったときに、個々として会社として、どう成長していけるかを考えることが、私の大きな宿題です。
マクロ面の課題は、自立的にビジネスが回るような経済圏が宇宙にできるかどうか。オープンかつフリーであり、健全な競争もあって、みんなが成長できる市場を、民間主導で作っていかなければいけない。それが実現できれば、投資家からの資金流入が増え、地上経済に還元することができ、お金がまわる。そのためには、やはり、デブリ処理とルールの明確化が必要です。
そして何よりも、未来を担う子どもたちから、他の惑星に行く夢を奪いたくはないですよね。スペースデブリは我々の世代で解決しないといけない問題なのです。
岡田光信氏
1973年、兵庫県神戸市生まれ。東京大学農学部卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省。その後、米国パデュー大学クラナート校にてMBAを取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーやIT企業を経て、2013年に株式会社アストロスケールをシンガポールに設立。2022年の国連世界宇宙週間の名誉議長に就任したほか、国際宇宙航行連盟(IAF)副会長、国際宇宙航行アカデミーメンバー、The Space Generation Advisory Council(SGAC)アドバイザリーボード、英国王立航空協会フェロー(FRAeS)等の職務を兼務。
撮影:花井亨