カーボンプライシングを巡る政策動向

G7サミット:政治的合意は未だ先

2022年6月26日~28日にドイツ・エルマウにてG7(主要7カ国首脳会議)サミットが開催されました。グローバルな協調が欠かせない気候変動分野。G7サミットの成果は重要度が高いため、ここではコミュニケ(声明)における気候変動関連の記述を要約します。全体を概観すると、これまでの国際的な取組みの堅持が合意されたことが分かります。

G7サミットのコミュニケにおける気候変動関連の内容

  • 2030年の排出削減目標が1.5℃目標に整合していない国に対し、COP27に先だって野心を高めることを求める
  • 10年間で排出ゼロ車両の販売を促進するとともに、道路部門の高度な脱炭素化を2030年までに実現することにコミットする
  • 2025年までに新興国への支援額を1,000億ドルに拡大するとの目標を踏まえ、この目標が2023年に達成されるよう進捗状況をCOP27までに示す
  • 生物多様性条約COP15第2部までに、国際的な生物多様性資金への具体的金額をプレッジすることを求める
  • MDBs(国際開発金融機関)に対して、パリ協定への整合のための方法論をCOP27より前に策定すること、生物多様性条約COP15第2部より前に国際的な生物多様性資金への具体的金額をプレッジすること、を求める
  • 2025年までに非効率な化石燃料補助金を廃止するコミットメントを確認する
  • 開放的・協調的・国際的な気候クラブの目標を支持し、気候クラブを2022年末までに設立するために連携する
  • エネルギー価格の上昇を抑制する方策を国際的なパートナーと共に探求するEUの決定を歓迎する(適切な場合に一時的に輸入上限価格を導入することを含む)
  • PGII(世界のインフラ・投資のためのパートナーシップ)の支援を受けながら、新興国等のクリーンエネルギーへの公正な移行を支援する
  • 排出削減対策がない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援の2022年末までの終了にコミットする
  • 2035年までに電力部門の完全又は大宗の脱炭素化の達成にコミットする
  • 石炭火力発電が世界の気温上昇の唯一最大の原因であることを認識し、国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速させるという目標に向けた、具体的かつ適時の取り組みを重点的に行うことにコミットする
  • 生物多様性条約COP16までに、改定され強化された生物多様性国家戦略・行動計画を提出する
  • 国連海洋法条約の下で法的拘束性を有する文書を2022年に成立させることを含め、世界の海洋の保護、保全、回復及び持続可能で公平な利用に関する世界的な取組みを主導することにコミットする
  • G7オーシャンディールを承認し、環境大臣に対し、2022年末までに進捗を報告するよう求める
  • 一層の循環経済を通じて、特に重要鉱物資源および原材料に関して、強靭で持続可能なサプライチェーンに貢献する
  • 2025年までに、グリーンセクター及び伝統的セクターのグリーン化に特化した、雇用及び技能促進プログラムに対するODAの割合を増加させる

(注)G7サミットのコミュニケを野村が独自に要約したもの
(出所)G7ウェブサイト、外務省(日本)資料より野村作成

具体的な内容を(1)気温上昇幅1.5℃目標と整合的な取組みの促進、(2)電力・道路部門における脱炭素化の推進、(3)新興国との連携強化、(4)気候クラブ設立に向けた取組み、の4つにまとめ、野村の受け止めを確認していきます。

(1)気温上昇幅1.5℃目標と整合的な取組みの促進

パリ協定では、世界の平均気温上昇幅を2℃より十分低く保つこと、そして、上昇幅を1.5℃に抑制するよう努力することが掲げられています(いずれも工業化前比での気温上昇幅)。このうち2℃目標については、各国の排出削減目標が完全に実現した場合には実現可能であることがIEA(国際エネルギー機関)の分析で明らかになりました。既に世界各国の目標が2℃目標と整合的になったことを受け、2021年11月のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、国際的な気候変動対策の目線が、2℃目標から1.5℃目標にシフトしていました。あくまで長期的な目標であるとはいえ、エネルギー・食料安全保障に対する懸念が世界各国に広がる中で、気候変動問題への取り組み姿勢をG7が堅持したことは重要だと考えます。

(2)電力・道路部門における脱炭素化の推進

(1)に比べ取り組み内容に具体性がある上に目標年も近いためか、追加的な踏み込みがみられず、やや停滞感がある内容。例えば、電力部門の脱炭素化を巡っては、米バイデン政権が掲げる公約(2035年までの電力部門の脱炭素化)から目標を強化することが出来ていないほか、道路部門に関しても、排出ゼロ車の普及に関する数値目標が削除されたと報じられています。気候変動対策の総論ではG7各国の取り組み姿勢が堅持されたとはいえ、2021年夏以降のエネルギー価格高騰や、2022年2月下旬以降のウクライナ紛争本格化と言った外部環境の変化が、国際的な気候変動対策の停滞感に繋がっている可能性があります。

(3)新興国との連携強化

今回のコミュニケでは、新興国向けの気候対策資金の提供・動員額を2023年に年間1,000億ドルまで拡大することに向け、進捗状況をCOP27までに示すことが掲げられました。この内容自体は新しいわけではなく、ポイントは、中国が石炭火力発電を増加させていることや、インドがロシア産石油の輸入増に踏み切っていること、そしてEU諸国を中心に先進国でも電力危機が懸念されている現況において、新興国との連携強化が困難さを増していることだと考えます。本来であれば化石燃料からの脱却を目指すため、先進国から新興国に向けた資金提供・動員が増額されることが望ましいものの、先進国を含めてエネルギー安全保障が懸念される環境下では容易ではなく、また気候変動対策を巡る先進国と新興国の対立は、これまでも長きにわたって意識されてきました。ウクライナ紛争本格化を経て、その溝が一段と深まる可能性に注意が必要だと考えます。

(4)気候クラブ設立に向けた取組み

新興国との関係という観点では気候クラブ設立に向けた取組みも重要。というのも、気候クラブのアイデアが、新興国経済に影響を及ぼす可能性があるCBAM(炭素国境調整メカニズム)と関係しているからです。カーボンプライシングとも密接に関わることから、ここではコミュニケのうち気候クラブに関する記述を確認します。今回のG7サミットで、全体のコミュニケの他に発出された個別分野に関するコミュニケ5つのうち、1つが「気候クラブに関するG7声明」。気候クラブ構想は、今回のG7ホスト国であるドイツのショルツ首相が発案したこともあり、重要な議題として扱われたと言えるでしょう。ただ、成果は必ずしも捗々しいものではなく、強いて言えば、気候クラブがカーボンリーケージ対策を念頭に置いた枠組みであることが確認できたこと、排出量の算定・報告メカニズムを巡る政策が今後は注目されること、などがポイントとして挙げられます。

G7における気候クラブ関連の成果

設立の目的:産業部門に焦点を当てて気候行動を加速させ、野心を高め、国際ルールを遵守しながら排出集約財のカーボンリーケージのリスクに対処することでパリ協定の効果的な実施を支援する。

気候クラブの3本の柱:(1)排出量の算定・報告メカニズム強化により国際的にカーボンリーケージに対抗し、気候クラブ参加国の排出集約度を低減させる透明性ある政策を推進する。その際、気候変動緩和政策の有効性・経済的影響の評価手法(比較可能性があるもの)について、共通理解の構築に向けて取り組む。(2)産業脱炭素化アジェンダ、水素行動協定、グリーンな産業製品の市場拡大などを含め、脱炭素化のため産業を共同で変革する。(3)公正なエネルギー移行の促進等に向け、パートナーシップ・協力を通じて国際的な野心を強化する。その際、JETP(公正なエネルギー移行パートナーシップ)には活用の潜在性がある。

設立時期のめど:2022年末まで。

その他:OECD、IMF、世界銀行、IEA、及びWTOに対して気候クラブの設立に向けた準備を支援するよう求める。OECDのIFCMA(炭素緩和アプローチに関する包摂的フォーラム)からの貢献を期待する。

(出所)G7ウェブサイト、外務省(日本)資料より野村作成

カーボンリーケージを巡る議論は、先進国と新興国の対立軸のみならず、先進国間の対立軸にもなっています。EUは2023年にもCBAMの運用を開始する構え(関税賦課は2026年から)であるものの、米国をはじめとするEU外の先進国は総じてCBAMに慎重な姿勢を見せてきました。当のEU自身も2026年までは関税賦課に必要なデータ収集を始めるに過ぎず、2022年中に気候クラブが設立されたとしてもCBAM試行期間におけるデータの共有・検証になる可能性もあります。OECDやIMFといった国際機関とも連携しながら、カーボンリーケージ対策は引き続き国際社会の懸案事項となり続ける可能性が高いと考えます。

野村リサーチレポート「野村ESGマンスリー(2022年7月)」より

参考記事

Nomura Connects 「野村ESGマンスリー(2022年7月)」

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