サステナビリティNOW #5写真が語りかける地球環境のこと

いま世界では「ブルーボンド」が注目を集めているのをご存知でしょうか。資金使途を海洋保護や持続可能漁業など、水に関係する目的に限った債券のことを言います。地球の表面積の約70%を占める海は、多くの生命を宿し生態系維持に不可欠であることはもちろん、海を「国」と考えた場合のGDPは世界7位に相当し世界経済において重要な役割を担っています。一方でSDGsのなかでも目標14「海の豊かさを守ろう」に対応する投資額はこれまで少なく、気候変動や海洋汚染などの問題を背景に、サステナブルな海の構築が急がれているのです。

United Nations Global Compact より

今回の対談のお相手は、そんな海と縁が深く、豊かな自然を守り未来につなげようと活躍する自然写真家の関戸紀倫さんです。パリと東京という都会育ちながらも、写真家の父親に連れられ自然を冒険してきた経験から、自身も写真家となり、自然の魅力を国内外に発信しています。関戸さんだからこそ感じる環境変化、自然の神秘、そして未来への想いを、グループ広報担当執行役員の谷垣浩司が伺いました。

写真:グループ広報担当執行役員 谷垣浩司

谷垣: 実は先日、社内でネイチャーフォトコンテストを実施しました。コロナ禍にできる企画として自然写真を募集してみると、世界中の社員から多くの応募があり、写真の持つ可能性を感じていたところです。たとえば自分が何気なく見ている身近な自然も、もしかすると他の人には貴重なものかもしれない、この自然を大事にしないといけない、漠然とそう感じました。関戸さんが自然写真家になるきっかけは何だったのでしょうか。

関戸: 振り返ると父の影響が大きいように思います。パリと東京という都会育ちの私ですが、幼いころから自然が身近にある生活でした。父はダイビングインストラクターで写真家であり、「旅人」だったので、私も色々な場所に連れて行ってもらったんです。なかでも印象深いのは、18歳の時に訪れたガラパゴス諸島でしょうか。そこで父に人生2回目となるダイビングに連れ出されたのですが、実はその時はガラパゴスの海が全く好きになれませんでした。

ナミビアでの転機

谷垣: ガラパゴスの海に心を打たれなかった?

関戸: 全ダイバーの憧れのような場所なのに生意気ですよね(笑)。ただ感じ得たものは多く、今でも強く記憶に残っています。もう1つ、ナミビアも私の人生に大きな影響を与えた場所です。20歳の時に父と弟と3人で野宿やキャンプをしながら全土を1周しました。そこに生息する動物と、見渡す限りの草原や夜になると一面を覆う星空のなかで1カ月半過ごし、人は自然に生かされているのだと実感じました。ある日サバンナエリアを旅していると、草原の真ん中に大きな木が1本立っていたので、そこでキャンプをしたんです。そこには、ただただ静寂の世界が広がっていました。時折聞こえてくる音といえば、風と動物の声くらい。あの時の感覚は今でも忘れることができません。

谷垣: 日本に暮らす私たちには滅多にできない。素敵ですね。

関戸: ナミビアから戻ってしばらくしたある日、なぜか突然ダイビングのインストラクターになりたいと思い、ダイビングショップで仕事を始めました。最初はライセンスも持っていなかったのが、そのうちに沖縄の店を手伝わせてもらえるまでになりました。カメラを手に取ったのはこの頃です。といっても、ブログ用の写真を撮ることがメインでした。その数年後、オーストラリアで働く機会に恵まれ、せっかくならと写真を撮りながら大陸を一周したのも貴重な体験です。こうした点でしかなかった経験が、いつしかつながって線になり、気付くと自然写真家になっていました。

写真:「ガラパゴス諸島(1)」へのリンク
写真:「ガラパゴス諸島(2)」へのリンク
写真:「オーストラリア」へのリンク
写真:「インドネシア」へのリンク

上2点はガラパゴス諸島、下2点はオーストラリアとインドネシアにて撮影(写真提供:関戸紀倫)

人が与える影響

谷垣: 地球温暖化が叫ばれて久しいですが、自然と接するなかで変化を感じる場面は多いのでしょうか?

写真:関戸紀倫氏

関戸: たとえばサンゴの白化というのは、生存サイクルにおいて自然な現象ではあるのですが、そのスピードが早まったり、白化のエリアが広がったりしているという変化は気になります。でも何が心配かと聞かれれば、自然ではなく「人」に対して感じることの方が多い。アジアのとある島は、コロナ前はとてものどかな場所でしたが、今はリゾートホテルを建てるために埋め立てられ地形が変わってしまった。当然、そこに暮らす生物への影響は小さくありません。開発によって経済が生まれ、現地の方々の生活が豊になるのはいいことですよね。ただ、自然への意識と配慮は忘れてはいけないのです。

谷垣: 海洋ゴミも環境破壊につながる大きな問題です。

関戸: ゴミに対する感覚は国によってさまざまです。たとえば、ある国の小さな村では、大きな葉っぱをお弁当の包み紙に使っていた習慣で、葉っぱがプラスチックになった今も食べ終わるとポイと捨ててしまうといったこともあるし、他に世界各地でよく見るのは、どうも人は穴を見るとゴミ箱だと思ってしまうようで……。

谷垣: 捨てたくなる?

「The Green Fins Icons」へのリンク

(出所)Green Fins

関戸: はい。乾季の間に穴にゴミが溜まり、雨季になると今度はそこに水が入りゴミを海に流してしまうのです。特に途上国では情報へのアクセスに格差があるため、ゴミに対する正しい知識が行き届いていないことがあるんですね。そこでナレッジの共有がカギになると考えています。たとえばこんな事がありました。ある場所に海外の企業がダイビングリゾートをつくろうとやって来た。しかしそこは小さな集落でゴミに対する認識が十分ではなかった。そこでこの企業は正しいゴミ処理の方法と技術を現地の人たちに教え、一緒に課題解決に取り組んだのです。地域がきれいになることで、観光客はこの村が好きになり、村の人の意識が変わり、そして経済が活性化する――。いいシステムですよね。

Green Finsという、環境に配慮したマリンレジャーを推奨し、ダイビングショップなどの評価を行う団体があるのですが、グローブ不使用を徹底しているダイビングショップは「優良」なんです。なぜだと思いますか?

グローブを着けるのはサンゴに触る前提であることが大半です。でもサンゴは触ったり踏まれたりすることで傷つき、成長に支障が出ます。Green Finsはダイビングショップを通して海を使う人たちに知識を届けているのです。私も情報を発信する側の人間として、情報が持つ力の可能性を日々感じています。

自然の美しさを撮る

谷垣: 破壊された自然の現状を見せ保護意識を高める方法があるなかで、関戸さんは美しい自然の姿を世に出すことで行動を喚起しています。

関戸: いまや人々の情報源は増え、クジラや海鳥の胃から大量のプラスチックが出てきたようなネガティブなニュースには常に接していると思うんです。そこで私は逆のアプローチで前向きな流れを作りたいと考えました。「地球にはこんなに美しい自然がある」ことを知ってもらえば、「好き」が生まれ、「大事にしたい」気持ちにつながる。そうすると、じゃあエコバッグを持とう、マイボトルに変えよう、といった次のステップが生まれると思います。

谷垣: 数年前から動画も本格的に始められました。水中レポーターの稲生薫子さん、海洋研究写真家の福田介人さんと3人で立ち上げたJapan Underwater Creatorsは最近の取り組みですね。海の現状と差し迫る問題について、研究機関などと協力し、一般の人にも分かりやすく伝えることが目的だとか。

「Ishinomaki Save The Ocean Project ~この海を、未来につなげるために~ -To connect this sea to the future- - YouTube」へのリンク

関戸: 2人とは5年ほど前から連絡を取り合うようになりました。福田さんは石巻市の出身で、震災後に故郷に戻り海を取り戻すための活動を漁業組合としています。私はレジャーの海には詳しいけれど漁業の知識がなく、いろいろと話を聞く中で海のまた違う一面を学びました。多くの恵みを与えてくれるこの場所を未来に残すために何ができるだろうと話し合うなかで、映像を通して海の現状を伝えていこうと考えるようになったんです。省庁からの依頼で各地の漁協組合間で活動事例を共有するための動画制作なども行っています。

谷垣: 冬の三陸は別格の美しさだと聞き、実は私も潜ってみたいと以前から思っている場所です。

関戸: 東北を訪れるようになって海藻の美しさを発見しました。水深の浅い光の入ったところでゆらゆら揺れる姿はとても神秘的です。実はこうした海の資源は、漁師さんの普段からの取り組みで守られているんです。たとえば東北はアワビやウニも有名ですが、今も豊富に獲れるのは「口開け」という決められた期間にだけ漁が許されているためで、この仕組みもよく考えられていると思いました。

谷垣: サステナブルじゃないと駄目ですよね。獲りきってオシマイではないから。

関戸: 漁師さんは「サステナブル」という言葉が一般的になるずっと前から、サステナブルな方法で漁をしてきたのです。

写真:「アワビ漁の様子」へのリンク
写真:「Ishinomaki Save the Ocean Project(ISOP)のイメージ」へのリンク

アワビ漁とウニ駆除の様子。ウニは海藻を食べるため藻場が衰退・消失する「磯焼け」の原因の一つとされています。Ishinomaki Save the Ocean Project(ISOP)では過剰なウニを駆除し移植・養殖することで、海藻とウニの保全に取り組んでいます(宮城県、写真提供: 関戸紀倫)

これから、この先できること

谷垣: 「自然」を軸に活動の幅を広げられています。写真を通した社会貢献活動にも精力的に取り組まれているとか?

関戸: はい。ひとつは、幼稚園や学校に出向いて子どもたちに海洋環境の話をしています。なぜ亀はビニール袋を食べてしまうかご存知ですか?亀はクラゲを捕食するので見間違えてしまうことがあるんです。子どものうちから環境課題を知ることで、自然に優しい行動が当たり前になることを願っています。もう1つは、福祉施設での写真展示です。コロナ禍の外出が難しい期間に、少しでも入居者の方に自然の癒しを感じてもらいたいと思い始めました。運動不足解消の一助になればと、写真を施設内の色んな場所に展示し歩行数を増やす機会にもつなげています。

谷垣: ところで、これまで多くの海を見てきた関戸さんの一番のお気に入りはどこですか?

関戸: コーラルトライアングル(サンゴ三角地帯)と呼ばれる、インドネシア、マレーシア、フィリピン、パプアニューギニア、東ティモールとソロモン諸島にわたる海域があるのですが、そのなかでも特にパプア島周辺は大自然がそのまま残っていて好きですね。

谷垣: そのような大自然を次世代に残すために、いま私たちにできることは何でしょうか。

関戸: まずは自分ゴト化していただきたいです。たとえばマイクロプラスチック問題であれば、魚がそれを食べ、その魚を私たちが食べる。結局は自分に返ってくることなんです。「現状」を知り、日々の生活のなかで変えられるところから始めてみてもらいたいです。そして、その「現状」を多くの人に知ってもらうために活動の場所を広げるのが私自身の目標です。未来を担う子どもたちの教育はもちろん、写真や映像以外にも講演や企業とのパートナーシップを通し、海に馴染みのない人たちにも海を知ってもらう機会を増やしていきたいです。

関戸紀倫氏
1988年7月6日生まれ。フランス人の父、日本人の母の間に東京で生まれる。写真家でダイビングインストラクターの父に小さい時からフィリピン、タイ、ガラパゴス諸島など自然豊かな場所に連れて行ってもらい、気づけば自分もダイビングを始める。沖縄でダイビングインストラクターとして活動した後、オーストラリアで2年間ダイビングクルーズなどのガイドとして経験を積む。帰国後はフリーランスのカメラマンとなり、世界中の人に世界の美しい自然を伝えるため活動。また、フランス語と英語を使い、日本の良さ・美しさを世界へ発信している。映像クリエーターとして映像作品も多く手がける。

撮影:花井亨

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