サステナビリティNOW #10恐竜が現代の私たちに教えてくれること

恐竜、と聞くと夢中になった子どもの頃が懐かしくなる方もいるでしょう。ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルス… 約1億6500万年以上にわたり地球上を支配した生物は、巨大隕石の落下による環境破壊の影響により絶滅したと言われています。恐竜からわかるSDGs。今回は「恐竜くん」ことサイエンスコミュニケーターの田中真士さんにお話をうかがいました。

8歳で恐竜学者になることを決断

谷垣: 田中さんが完全プロデュースされた「恐竜科学博2023」(閉幕済)にお邪魔しました。白亜紀後期のララミディア大陸(現在の北アメリカ大陸西部)にスポットライトを当てたこだわりの内容でしたね。館内にいたお子さんが恐竜くんを見つけ大興奮していましたが、そんな子どもたちのヒーロー「恐竜くん」が誕生するきっかけは何だったのでしょうか。

田中: 小さい頃から生き物が好きで、よく上野動物園に行っていたのですが、天気の良くないある時に隣接する国立科学博物館を訪れる機会がありました。当時の博物館は造りが今とは違い、入口すぐのホールに恐竜がいたんです。何だこれは!と。動物が好きだったからこそ、自分が知っているものと大きさも形も全然違う恐竜を初めて見た瞬間の衝撃は今でも記憶に残っています。そこから恐竜にのめり込み、両親も私の興味が持続するような環境を作ってくれました。図鑑やおもちゃを買ってくれたり、各地の博物館に連れて行ってくれたり、父の場合は少しユニークで、6~7歳だった私に分厚い専門書や英語やドイツ語の本を買ってきたり。自分では覚えていませんが、8歳の時には「将来はカナダのアルバータ州で恐竜の研究をする」と言っていたそうです。

谷垣: その宣言通り、カナダに渡り恐竜研究の道に進まれましたね。

田中: アルバータ州にはユネスコ世界遺産に登録されている「州立恐竜公園」という場所があり、単独の地層としては世界一バラエティに富んだ恐竜を産出する化石産地として知られています。そういった環境もあり、アルバータ大学は恐竜研究では世界トップと言われ、私も学者になるつもりで古生物学を学びました。それがいつしか、自分の研究実績を残すよりも子どもたちに何かを伝えたいと考えるようになり、そちらの方が自分に向いていることにも気づいたので、日本に戻り今の活動を始めました。

写真:恐竜
写真:田中真士氏 写真:田中真士氏、谷垣浩司

「ジュラシック・パーク」の影響で恐竜研究が発展

谷垣: もう40年以上前ですが、私も子どもの頃に博物館で化石を見ました。当時恐竜といえばティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルス…といったところでしょうか。今はもっと種類が増えている気がします。

田中: そうですね、私が子どもの頃の図鑑には300~400種と書かれていたのが、今では約1200種。ここ20年ぐらいは毎年30~50の新種が発表されていて、何なら発見のペースは上がり続けています。というのも、映画「ジュラシック・パーク」の影響で恐竜学者になった「ジュラシック世代」(30~40代)が多く、研究がものすごく発展しているんです。

谷垣: これからどんな新種が出てくるのか楽しみですね。日本では福井など一部で恐竜が見つかっていますが、化石の産地としてはどうでしょうか?

田中: 一般論として化石の保存に向いていない国ではあります。カナダなど有名産地の地層は1億年くらい何の変動もなかったりしますが、地震・火山大国の日本は地層がズタズタなんです。そして植生が豊かで、環境的には良いことなんですが、植物の根は地中のものを壊してしまううえ、植物が地表を覆ってしまうので化石があっても見つかりにくいんですね。なお世界的にはカナダ、アメリカに加えモンゴルと中国が4大産地なので、アジア自体は恐竜の楽園だったと考えられています。

超温暖化時代で最も栄えた恐竜たち

谷垣: 恐竜が誕生したのは約2億3000万年前。約1億6500万年以上にわたり繁栄をつづけましたが、興味深いのは、三畳紀(恐竜全体の5%)、ジュラ紀(同25%)、白亜紀(同70%)と時代を追うごとに恐竜の種類が増えていったんですね。

イラスト:超温暖化時代で最も栄えた恐竜たち

©Masashi Tanaka

田中: 三畳紀の地球は大陸が1つにつながった「パンゲア大陸」で、内陸は非常に乾燥し砂漠が広がっていました。それがジュラ紀になると大陸の移動が始まり、海が入り込んだことで緑が徐々に増えていきます。環境が良くなるとともに恐竜も繁栄していき、白亜紀には大陸がかなりバラバラになったことで、それぞれの場所でそれぞれの恐竜が生まれ、急速に多様化していきました。

谷垣: 白亜紀当時の地球は海に覆われた土地が多かったということですが、大陸の移動過程でそうなったのでしょうか。

イラスト:白亜紀後期にアフリカに生息したスピノサウルス

白亜紀後期にアフリカに生息したスピノサウルスは高度に水生適応していたと考えられる
©Masashi Tanaka

田中: この時代は、いわば「超温暖化時代」で、北極・南極に氷が一切なかったため、オーストラリアやアフリカ、北アメリカの一部、ヨーロッパ、そして日本の大部分も水没していました。地球上に存在する水の量は一定なので、その形が変わっても量自体が極端に増えたり減ったりはしないはずなんです。なので、その後気温が下がると北極・南極に再び氷ができ、海水が引いていきました。
白亜紀は気温が高かったのでハリケーンや台風が頻発し、山火事もすごく多かった一方で、恐竜の多様性は一番高い時代でした。地球の環境は常に変わっていて、でもそのスピードは現代の温暖化とは違いとてもゆっくりだったので、生物たちはその条件に適応することができたんです。

環境変化が生物を絶滅へと追い込む

谷垣: 一見過酷にも思える環境のなか、それだけ長い間を生き延びた恐竜が絶滅したのには、一体どんな理由があったのでしょうか。

写真:田中真士氏

田中: ある程度複合的な理由があったと思われますが、最終的な"とどめ"になったのは巨大隕石、正確には小惑星の衝突で間違いないと科学的にほぼ決着がついています。隕石については結構細かいところまで分析が進んでいて、今から約6600万年前、現在のユカタン半島あたりに直径10~15kmの隕石が地球に対し角度30度・秒速20kmで衝突したことが分かっています。これによってできたクレーターの大きさは180~200km、マグニチュード11~12の大地震と300mを超える高さの津波が発生したと考えられています。

谷垣: 広島に落とされた原爆の10億倍の威力があった、ということでしたね。

田中: はい。ただ、隕石の衝突だけであれば地球の反対側にまで大きな影響はないはずですよね。一番の問題となったのは、隕石が爆発し、えぐり取られた地面とともに大量の粉塵が大気中に舞い上がり、地球全体の環境破壊が急激に進んだことです。その結果、生態系が大きく崩れ、全生物の75%が絶滅したと考えられています。
いくら恐竜が大きくて強い動物に見えても、どんな環境でも生きられたわけではなかった。動物と地球環境は必ずセットなんです。

谷垣: 絶滅してもまた似たような動物が生まれて来そうな気がしますが、恐竜はもう出てこなかったのでしょうか。

田中: 恐竜や多くの爬虫類が途絶えたあと、脊椎動物の主流は哺乳類と、恐竜の末裔である鳥類になりました。生態系は空白ができれば何かがそこを埋めていく流れがあります。似たような生物が出てくることも無くは無いのですが、やっぱり絶滅してしまったものは戻ってこない。そして絶滅したということは、その生物が生きていける環境が失われたということなので、そこを解決しないことには個体を蘇らせても意味が無いと思っています。

スケールの大きいものを見ることで得られるもの

写真:谷垣浩司

谷垣: 生物が絶滅するということは、未来から完全に姿を消してしまうのだということを忘れてはいけませんね。ところで未来と聞くと私の感覚では100年先を思い浮かべますが、さきほどからお聞きしていると恐竜は時間の単位が違いますね。

田中: 恐竜の研究者は他の学芸員さんと話していても時間や距離のスケール感がおかしいと言われます(笑)。ティラノサウルスやトリケラトプスが一番"最近"の恐竜なんですが、それでも6600万年前。先ほどの隕石が落ちたタイミングも実は正確な時期は分かっておらず、前後30万年くらいは誤差なんです。

谷垣: 30万年が誤差…

田中: 人の歴史は文明も何もない純粋な"生物の種"としての歴史ですら20万年に満たず、地球の単位からすると本当にわずか。地層は数百万年分が欠損していることも珍しくないので、私たち人間の形跡は100万年後にどこにも残っていない可能性すらある。じゃあ人間がやっている活動に問題がないかというと、本来100~200万年かけて起こるレベル以上の気候変動を100~200年で起こしてしまっている。

谷垣: このまま温暖化が進めば、白亜紀と同じような環境になるのでしょうか。

田中: ある意味、白亜紀の地球は未来のシミュレーションとも言えますね。地球を数億年単位のサイクルで見ていくと、温暖化によってどういった影響がでるかというのは、あまりに自明なんです。
恐竜が教えてくれることは何かというと、直接的な教訓というよりも、地球の歴史といった大きいスケールを通して自分たちの活動を客観的に見る視点ではないかと思います。人間は生態系の一員として取り戻さないといけない謙虚さは間違いなくある。その一方で、人間の文明が発展してほんの数百年で、大昔のことをここまでの解像度で見ることができるようになったのは、私は希望だと思うんです。人間はプラスのことに力を使ったらここまでの可能性を持っていて、すべての人がその可能性を必ず持っている。環境についても「どうせ何もできない」「仕方ない」と放っておくのではなく、行く末を変えていく力が私たちにはきっとある。私は恐竜や科学を通じて、そのように感じています。

イベントをきっかけに、世界が違って見えるようになってほしい

谷垣: 当社では毎年夏休みに社員の子どもを対象としたキッズイベントを開催しています。今年は田中さんにお越しいただき、恐竜を通して考える地球環境についてレクチャーしていただきました。子どもたちが楽しんで学べる内容で、質問にも丁寧に答えていただき、恐竜クイズは我々大人もつい一緒になって考えこんでしまいました。
子ども向けイベントであっても決して手抜きせず、研究に基づいた本当の恐竜を見せていきたいと言う田中さん、そして「恐竜くん」の夢や今後の目標があれば教えていただけますか?

写真:イベント風景
写真:イベント風景

田中: こんな名前で活動しておきながら、なんですが、有名になりたいとか、影響力を持ちたいとは思わないタイプの人間でして…

谷垣: 新種の恐竜を発見して自分の名前を付けたいとか?

田中: 全然ない(笑)。むしろ無さすぎるので、最終的に学者に向いてなかったのかもしれないですね。

谷垣: 今の活動を通じて子どもたちにさまざまな可能性を伝えていきたい。

田中: メインは子どもなんですけど、一緒に来ている親御さんや仕事でご縁のあった皆さんを含め、私のイベントに参加する前と後で世界がちょっとでも違って見えたらいいなと。それって発見の面白さだと思うんです。たとえば、鳥が恐竜の生き残りだと初めて聞いた人は、もしかしたらその瞬間から街にいる鳩やカラス、あるいは朝食べる目玉焼きが違って見えるかもしれない。世界は本当に面白いことであふれている。けれど今のこの時代、自分で未知のものを求め、発見することで楽しいと思える機会が減ってきているのかなと。

谷垣: ほんの少しの「新しい発見」がその後の物事を見る目を大きく変えるきっかけになりますね。

田中: 人間として生を受けて、人間だけが持ち得た知性、伝える、学んでいくといった力を全面的に活かして、その楽しさや面白さを享受していくことが最も幸福な生き方なんじゃないかと思います。私の場合は、恐竜が自分の世界を広げ色々なことにつなげてくれた。そういうものを多くの皆さんにも見つけてほしいと思いますし、そういう機会を作っていけたら嬉しいなと思っています。

写真:田中真士氏、谷垣浩司

田中真士氏
6歳のとき上野の国立科学博物館で見た恐竜の全身骨格に一目ぼれ。高校生でカナダへ単身留学し、恐竜研究の本場・アルバータ大学で古生物学を学ぶ。卒業後も北米の研究機関と活発に交流しながら、全国各地で恐竜展の企画・制作、トークショーの開催、イラスト制作や執筆、メディア出演など幅広く活動。
https://kyoryukun.com/

取材協力:DinoScience 恐竜科学博製作委員会2023
DinoScience 恐竜科学博 2023
主催:TOKYO MX|共催:ランドマークエンターテイメント株式会社、TOKYO FM、株式会社フロンテッジ、株式会社レッツマーケティング

撮影:山田薫

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