野村資本市場研究所 シニアフェロー 関 雄太
「米国を世界の暗号資産の首都にする」との公約を掲げて就任したトランプ米大統領の下で設置されたデジタル資産市場ワーキンググループ(以下PWG)が、2025年7月30日に160ページに及ぶ報告書を発表し、連邦議会および関係政府機関に向け下記のような法規制の改革を推奨した。
1. デジタル資産市場における米国のリーダーシップの確立
- CLARITY法案(仮想通貨が証券かコモディティか分類基準の明確化を目的とした法案)が下院で超党派の支持を得たことを踏まえ、非証券型デジタル資産の現物市場を監督する権限をCFTC(商品先物取引委員会)に付与すること
- SEC(証券取引委員会)とCFTCはデジタル資産の登録、カストディ(保管)、トレーディング、記録保持などの問題に関して市場参加者に明確性を提供し、連邦レベルでのデジタル資産取引を即時に可能にすること
- セーフハーバーやサンドボックスなどのツールを用いて、イノベーティブな金融商品が遅延なく消費者に届くようにすること
2. デジタル資産に対応した銀行規制の近代化
- ブロックチェーン技術の可能性を受け入れた健全で予測可能な銀行規制の枠組みを策定すること。具体的にはカストディ、トークン化、ステーブルコイン発行、ブロックチェーンの利用に関して、銀行に許容される活動を明確にすること。
- 銀行免許(Bank Charter)あるいは連邦準備銀行のマスターアカウント取得プロセスの透明性を促進すること。
3. ステーブルコインを通じた米ドルの役割強化
- 財務省および銀行監督機関は、ステーブルコインに対する連邦規制の枠組みを定めたGENIUS法(2025年7月18日に大統領署名・成立)を忠実かつ迅速に実施すること。
- 議会に対して、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を米国内で禁止する「反CBDC監視国家法」の可決を要請
4. 違法金融対策の強化とマネーロンダリング防止規則の近代化
5. デジタル資産課税の公平性と予測可能性の確保
現政権の強力な支援を受けたこの報告書は、ブロックチェーン、ステーブルコイン、分散型金融(DeFi)を伝統的金融のインフラに組み込んでいくこと(バイデン政権下ではSECが強硬に反対していた方向性)を目標に掲げ、野心的なロードマップを示したと評価されている。一方で、冷静に報告書の内容を見ると、既存金融機関であれ新興フィンテックであれ、デジタル資産を扱う際の法的およびコンプライアンス上の複雑な課題は依然として残っており、近い将来に法規制を確立することは決して容易ではないと思われる。
具体的には、例えばデジタル資産のカストディ業務について、認められる業務・資産の範囲、あるいは受託者としての地位・責任などはまだルール化されておらず、資本規制上の取扱いも定かではない。銀行免許・連銀マスターアカウントについても、暗号資産ビジネスに特化したプレイヤーを想定した提言と推察できるが、『クリプトバンク』など新しい免許のイメージや既存の預金取扱業務との関連性などについて、報告書には詳細なコメントが見あたらない。クロスボーダー取引に係る規制あるいは税制についても、具体的な調整や制度改革のアイデアがほぼ示されていない状態である。
このように、伝統的金融システム側から見ると、デジタル資産関連ビジネスあるいはクリプト・バンキングに乗り出していくための法規制環境はまだ整っていないといえる。その一方で、PWGの設立前後から暗号資産市場では楽観的な見通しが強まり、並行して伝統的金融機関とデジタル資産関連プレイヤー間の提携が加速している。特に下記の分野において、主要機関投資家を対象にしたプロダクトあるいはインフラの開発が顕著な進展を見せていることは注目される。
第1に、米国債を運用対象とするマネー・マーケット・ファンド(MMF)のトークン化である。2024年3月にブラックロックがローンチしたBUIDL(BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund)は代表例である。セキュリタイズ社が運営・管理するトークンとして開発されたBUIDLは、短期財務省証券・リバースレポ・現金同等物等に運用され、得られた利息は日次で自動的に再投資される(現在、適格機関投資家のみが購入可能)。最近では2025年7月23日に、ゴールドマン・サックスとBNYもトークン化MMFの共同開発を発表し、新たなトークン化MMFのメリットとして、投資家がMMFを担保に利用する際の手続きの簡素化・高速化を挙げた。すでに、米サークル社が発行するステーブルコインUSDCを使って適格機関投資家がBUIDLに投資することが認められている点などと合わせて考えると、デジタル資産に投資する機関投資家にとって、トークン化MMFが待機資金の置き場所あるいは流動性供給手段となることを想定した動きが加速していると見られる。
第2に、ETF(上場投資信託)を介した暗号資産市場と証券市場の結節点が確立していく可能性である。米国では、ビットコインあるいはイーサのスポット価格に連動した暗号資産現物ETFの組成がすでに認められていたが、2025年7月29日にSECが、指定参加者がビットコインまたはイーサリアムと直接交換する形でETFを設定・償還できるプロセス(in-kind creations and redemptions)を承認した。これまでの法定通貨を介した設定・償還プロセスと比較してコストと複雑性が低減するとされており、暗号資産現物ETFの投資家層拡大、あるいはブラックロックをはじめとするETFプロバイダーによる暗号資産投資の一層の強化につながる可能性がある。
以上のような状況を踏まえると、PWG報告書は、デジタル資産に関わるプレイヤー(銀行を含む)の規制改革の方向を象徴的に述べたに過ぎない一方で、機関投資家によるデジタル資産市場=伝統的金融市場間の取引・資金フロー拡大を促進する意味で実質的なインパクトを与えはじめた可能性があり、証券・資産運用業界にとっても重要な影響が顕在化しつつあると言えよう。
≪参考文献≫
橋口達「米国SECによるビットコイン現物ETFの承認」『野村資本市場クォータリー』2024年春号