野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター長 江夏あかね

 

ジェンダーとは、社会的・文化的に形成される男女の差異を指し、生物学的性別と区別される考え方である。世界各地で、課せられる責任や追うべき活動、資金・資源へのアクセスと支配、意思決定の機会において、男性と女性との間に不平等(ジェンダー不平等)が指摘されている。ジェンダー不平等の是正は、個々人が仕事、家庭、地域生活等、自らの希望に沿った形で展開でき、男女ともに豊かな人生が実現可能になる。そして、雇用等を通じた企業業績や経済等へのポジティブな効果も期待され、より豊かで持続可能な世界の実現のための一助ともなり得る。例えば、ムーディーズ・アナリティクスは、経済協力開発機構(OECD)諸国における労働参加や管理職登用に関する男女格差の是正を通じて、世界経済を約7兆米ドル押し上げる効果があると試算している。このような背景もあり、SDGsでは目標5(ジェンダー平等を実現しよう)として掲げられている。
 

世界各国・地域では、ジェンダー平等の実現に向けて様々な取り組みが行われてきた。しかし、世界経済フォーラム(WEF)が2025年6月に公表したジェンダーギャップ・レポートでは、世界148カ国全体のジェンダーギャップ指数(男女格差を数値化したもので0が完全不平等で1が完全平等)は0.69で、このままの傾向が続けば、世界全体で完全な平等に達するには123年を要すると指摘されている。
 

世界の金融市場におけるジェンダー関連の取り組みは、2010年代頃から本格的に発展してきた。その中でジェンダー関連債券については、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が史上初となる「女性の力 応援ボンド」の発行プログラムを立ち上げた2013年頃から、ソーシャルボンドやサステナビリティボンドの形態を中心に発行額が伸び始めていった。国際的な動きとして注目を集めたのは、国際資本市場協会(ICMA)による「ソーシャルボンド原則」(SBP)である。同原則は、2017年6月に初めて公表されて以降、複数回改訂を行っているが、2020年6月の改訂において、ソーシャルプロジェクトが対象とする人々の例として「女性並びに/又は性的及びジェンダーマイノリティ」が含まれるようになった。さらに、ICMAは2021年11月、IFC及び国連女性機関(UN Women)とともに、ジェンダー平等の実現に向けた債券による資金調達のガイドラインを公表した。一方、2017年7月から女性生計債(Women’s Livelihood Bond、WLB)との名称でソーシャルボンドを発行してきたシンガポールの企業であるImpact Investment Exchange(IIX)がステアリングコミッティのメンバーを務めるオレンジボンドイニシアティブ(OBI)の運営委員会は、オレンジボンド原則を2022年10月に公表した。
 

オレンジボンドとは、端的には持続可能な開発目標(SDGs)の5番にも謳われているジェンダー平等を実現するためのプロジェクトに充当すべく発行する債券を指しており、オレンジ色は、SDGsの5番の色に由来している。オレンジボンド原則は、(1)ジェンダー・ポジティブな資金充当、(2)リーダーシップにおけるジェンダーレンズ(ジェンダーを意識したレンズ〔めがね〕をかけて世界を見ようという考え方)の能力と多様性、(3)投資プロセス及びレポーティングの透明性、といった3つの包括的な原則で構成されている。
オレンジボンド原則に沿って発行されたオレンジボンドは、2025年9月11日時点で10銘柄あるとみられる。そのうち、伊藤忠商事が2025年9月に発行したオレンジボンドは国内初の事例となった。
 

日本では、2009年から総人口の減少や急速な少子高齢化が進んでおり、女性や高齢者も含めた労働力確保に向けて、ジェンダー平等の実現等を目的として様々な取り組みが進められてきた。金融市場においても、2012年度からの経済産業省と東京証券取引所による女性活躍に優れた上場企業を「なでしこ銘柄」として選定する仕組みや、東京証券取引所による「コーポレートガバナンス・コード」等の取り組みが見られる。しかしながら、前述のWEFが2025年6月に公表したジェンダーギャップ・レポートによると、日本のジェンダーギャップ指数は118位とG7諸国の中で最も低い水準となっている。 
 

今般、日本に登場したオレンジボンドは、資金使途を日本のジェンダー課題解決に限定することも可能といった意味で、新規性があり、注目に値する。今後、日本にとってオレンジボンドが意義のある金融商品になるためには、発行額の蓄積や発行体の多様化のみならず、インパクトを確実に創出し、ジェンダー課題の解決に真に貢献していくことが大切と言える。