野村證券金融経済研究所 所長 齋藤 克史

 

ロボットに関して「やはり」と思うデータが公表された。日本企業のお家芸であった産業ロボットにおいて、中国市場(販売台数)で中国系企業製の比率が24年に57%と外資系(43%)を初めて上回った(注1)。その比率は21年32%、22年36%、23年47%で、23~24年に上昇が加速した。25年には6割を超え、その後も上昇が続くと見込まれる。

 

販売台数は各国工業会の報告に基づくもので、大きさ(可搬重量)、品質、単価など様々である。外資系製品は高価格品、中国系製品は普及品が多いことから、台数での「シェア57%」は中国企業の実力をやや過大に示す面もある。それでも、中国市場では中国系ロボットの存在感が大きく高まっている。その要因としてまず、中国系の部品やソフトウエアを含めた技術の進化がある。これは、日本企業が欧州や米国企業から学んできたことと同様に、自然のプロセスである。

 

それに加えて注目したいのは、中国系企業が顧客産業や用途を非常に意欲的に広げていることである。中国市場で中国系ロボットの販売は24年に前年比30%増えた(外資系は同14%減)。顧客産業別では電機が同15%増、自動車が同23%増、その他(金属・機械など)が同40%と、電機と自動車以外の「その他」の増加が大きい。産業別の中国系ロボット比率を比べると、自動車は31%と低いが、電機が57%、「その他」が67%と高い。外資系ロボットは品質要求(精度、速度、寿命)が高い自動車産業では依然強い。しかし、新しい領域を開拓するスピードでは中国系企業が速い。特に、センサを付けた協働ロボット(人と一緒のエリアで安全に作業できる)を多く開発し、顧客が積極的に導入している。製造業での人手不足も背景にあろう。

 

中国の自動車工場の自動化レベルは、今や日本や米国と同水準へ上昇した。中国での自動車産業でのロボット・ストック台数(12年累積の販売台数で算出)は過去3年で計5割増えた。この結果、自動車生産1,000台当たりのロボット・ストック台数は中国が24年に15台で、日本(16台)、米国(15台)と同程度へ増加した。中国工場の自動化は先進国へのキャッチアップを終え、「新しい領域(工程、産業)をいかに自動化するか」の局面へ入ってきた。中国系企業はその大きな事業機会を狙っている。

 

もちろん、これは中国系企業にとって成果を発揮しやすいホームマーケットの状況である。それでも、実績を積んだ中国系は海外を目指すであろう。実際、日本市場でも日系システムインテグレータと組んで中国系ロボットが導入され始めている。産業用ロボットの分類には含まれないが、配膳ロボットに代表されるサービスロボットでは中国系製品が日本に多く導入され、外食産業などで人材不足を大いに助けている。今後は物流分野などへも広がり、「産業」と「サービス」の境界は薄れてくるであろう。

 

日本企業は技術優位を多くの面で保っていると考えられる。また、様々な産業の現場で長年の経験やデータの蓄積をもつ。これらを活用することで、日本企業が新しい領域を開拓できるポテンシャルは大きい。問題は「それを発揮して事業拡大を実現できるか」で、そのために不足しているものの一つは「思い切った挑戦、柔軟性」ではないだろうか。

 

日本企業には完璧主義の傾向がある。特に産業用ロボットでは、主力顧客が人の安全に関わる自動車メーカーで、その非常に高い品質要求に応えてきた。産業用ロボットのコンセプトは1950年代に米国で誕生し、80年代以降に日本と欧州企業が大きく事業化した。日本企業の躍進の背景には、競争力が高い自国の自動車産業との相乗効果があった。完璧主義はプラスに作用したと言える。

 

ただ、新しい領域の開拓では、自動車産業での成功体験から離れる方が思い切って挑戦できる場合もあろう。他社との積極的なアライアンス戦略も有効となる。異なる技術、歴史、文化、人材をもつ企業との連携は、自社を活性化させ、挑戦を促す。安川電機はその好例で、AI半導体トップのエヌビディアと協業、アステラス製薬と再生医療関連の合弁企業を設立、ヒューマノイドロボットのスタートアップである東京ロボティクスを買収した。

 

また、地域では米国が大きな事業機会となる。米中対立の下で、米国政府は製造業の基盤を強化する方針である。製造業には日本企業が強みをもつ分野が多い上に、米国では中国企業の参入が制限される。日本企業には米国市場を積極的に攻めて業容を拡大できるチャンスがある。

 

日本のロボットや自動化産業では、事業の収益率(ROIC: 投下資本利益率)が資本コスト(WACC)を上回って高く、バランスシート(財務)も強い企業が多い。事業の成長機会もある。勝ち筋を見定め、成長や競争力強化のために有形・無形資産(DXなど)、人材、M&A・アライアンスへ攻めの投資をしてほしい。突き詰めれば、企業にとって最も大事なものは競争力である。それを失ってしまうと元も子もなく、苦しい戦いを強いられる。アニマル・スピリッツ溢れる中国企業のリーダー達が、AIや自動化の未来に魅せられて伸び伸びと攻勢をかけるのを目の当たりにすると、それを痛感する。

 

もちろん、攻めの投資でもバランスは求められ、企業は投資家へ丁寧に説明する必要がある。一方、投資家は中期の視点を忘れないでほしい。この10年のコーポレート・ガバナンス改革は多くの成果を生んできたが、意図せざる副作用として、短期志向、形式主義も感じられる。人材投資を含めて長期的な打ち手は、短期利益をときに抑制する。知識経営の泰斗、故・野中郁次郎氏は日本企業の失われた30年の原因として、「計画(プラニング)、分析(アナリシス)、統制(コンプライアンス)の3つの過剰」を挙げた(注2)。計画・分析・ルール作りも行き過ぎると、人間が本来持つ野性を抑えてしまい、思い切った挑戦、経営の活力を阻害するリスクがある。最近のガバナンス・コードの簡素化、統合報告書の量から質への動きは、形式主義を修正する良い方向であろう。

 

最後に、企業を取り巻く専門家(証券アナリスト、会計士、コンサルタントなど)には多面的な視点が求められる。「6人の目の不自由な人と象」の寓話のように、自分の観点や立場からの議論だけをしていることが少なくない(注3)。企業経営は多くの要素が絡む複雑なもので、かつ動態的である。「絶対的な解」はなく、変化の中で「最善解」を決断・実践し続けている経営者を理解し、寄り添っていきたい。そして、経営者は自社を望ましい方向へ導くために、ガバナンス改革、投資家、専門家をしたたかに利用してほしい。

注1: 国際ロボット連盟『World Robotics』(産業用ロボットの世界市場調査)。なお、中国系企業にはMidea Group(美的集団)が2016年に買収したKUKA(本社はドイツ)が含まれる。

注2: 野中郁次郎ほか『二項動態経営』日本経済新聞出版、2024年

注3: 戸田智弘『ものの見方が変わる座右の寓話』ディスカバー携書、2022年

寓話の内容は次の通り。「ある日、6人の目の不自由な人が象を触って、その正体を突きとめようとした。1人目は鼻に触り『象とはヘビのようなものだ』、2人目は耳に触り『うちわのようなものだ』、3人目は足に触り『木の幹のようなものだ』、4人目は胴体に触り『壁のようなものだ』、5人目はしっぽに触り『ロープのようなものだ』、6人目は牙に触り『槍のようなものだ』と言った。それから6人は長いこと大声で言い争い、それぞれが自分の意見を譲らなかった。」