野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング チーフ・ストラテジスト 宮嵜 浩
「株式市場は、最近の5つの景気後退を9度も予測した」――米国の経済学者ポール・サミュエルソン(1970年ノーベル経済学賞受賞)が、1978年に『ニューズ・ウィーク』誌の定期寄稿コラムに残した、有名なフレーズである。
株価が景気の先行指標であることは広く知られており、実際に各国政府や研究機関が、経済予測の有力な指標の1つとして株価の動向を定点観測している。サミュエルソン氏が指摘するように、株価が景気の転換点を必ずしも的確に予測するわけではないが、他の複数の景気先行指標とあわせて利用することで、一定の精度で景気の転換点を予測することが可能である。日本では、内閣府が毎月公表している景気動向指数のCI先行指数が、株価を含む11の景気先行指標群をもとに作成されており、過去の景気の転換点に対する半年程度の先行性が確認されている。
景気動向指数・CI先行指数は、コロナ禍の2020年半ば頃から1年ほど上昇し、その後は上昇が足踏み状態となっていたが、2025年に入ると東証株価指数(TOPIX)など複数の景気先行指標が上昇したこともあり、再び上昇基調を強めつつある。景気は2020年5月の底打ちから既に5年以上が経過しているが、最近の先行指標の動きから判断する限り、2026年に入っても景気拡大局面を維持できそうである。
景気の拡大局面が5年以上も続くケースは珍しい。内閣府によると、日本では戦後15回の景気拡大局面が確認されているが、その期間は最長73カ月、最短では22カ月である。もし景気が2026年7月まで拡大し続ければ、2002年2月から2008年2月までの景気拡大期間を抜き「戦後最長景気」が実現することになる。安倍政権時代の2018年にも戦後最長景気の更新が予想されたが、結果的に71カ月で景気拡大局面は終了し、戦後最長には2カ月及ばなかった。安倍晋三元首相を政治の師と仰ぐ高市首相としては、「アベノミクス」にちなんだ「サナエノミクス」で経済を活性化し、安倍元首相が叶えられなかった戦後最長景気を実現したいところであろう。
景気の山・谷の時期を示す「景気基準日付」は、形式的には、内閣府に設置されている景気動向指数研究会での議論を踏まえて内閣府経済社会総合研究所長が設定するとされているが、実際には「ヒストリカルDI」によってほぼ機械的に設定される。ヒストリカルDIは、足元の景気の基調判断に用いられる景気動向指数・CI一致指数の採用10系列のうち上昇基調で推移している系列の割合を示す。ヒストリカルDIが50%を上回る直前の月を景気の谷、50%を下回る直前の月が景気の山に対応する。各系列が上昇基調かどうかの判定にはBry-Boschan法という統計手法が用いられるが、同手法は各系列の谷から山までの上昇幅や上昇ペースよりも、谷から山までの期間が半年程度あるかどうか、を重視する。各系列の動きが限りなく横ばいに近いとしても、下落が半年以上続いていない系列が半数以上存在すれば、景気は拡大していると判定される。過去の景気拡大局面がしばしば「実感なき景気回復」などと呼ばれたのは、こうした景気判定手法の特性に由来する。
現在の景気が拡大局面にあるかどうかは、ヒストリカルDIの算出に必要なデータが出揃うまで分からない。ただ内閣府が前述の景気動向指数・CI一致指数をもとに毎月実施している簡便的な基調判断によると、2025年10月まで景気は後退していない模様である。このまま2026年の春頃まで、景気の転換点に半年ほど先行するCI先行指数が上昇傾向を辿れば、戦後最長景気が現実味を帯びてくる。景気拡大が実感を伴っているかどうかは別として、政権与党がコロナ禍以降の経済政策の成果を誇るうえで戦後最長景気というレトリックは有効である。高支持率を誇る高市内閣が衆院解散・総選挙に踏み切る時期を占う上でも、2026年は戦後最長景気というキーワードが注目を集めることになりそうだ。