野村證券フロンティア・リサーチ部長 池内 一

 

日本のスタートアップ(ベンチャー企業)について、米国等と比較して慎重な見方をする向きがある。環境が未整備、投資資金が少ない、人材不足など厳しい見方をする理由を挙げるのは簡単であろう。しかし、個社で、ミクロで見れば、一概にそうとも言い切れない。

 

木曜の朝7時。私は「Morning Pitch」に毎週参加している。
Morning Pitchは、デロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)と野村證券が共催する、スタートアップによる大企業向けのピッチ(プレゼンテーション)イベントである。2013年1月に始まり、年間40回以上開催されている。1回2時間。毎回異なるテーマが設けられ、テーマに沿ったスタートアップ5~6社が登壇する。累計登壇社数は2,700社を超え、うち約100社が登壇後に株式上場を果たしている。

 

聴衆の中心は、スタートアップとの事業提携や投資を模索する大企業の新規事業担当者、経営企画担当者、ベンチャーキャピタル(VC)関係者などである。スタートアップは自社の事業内容や競争優位性、将来の構想等を5分という短い時間でプレゼンしたのち、聴衆からの質疑を受ける。聴衆である大企業側は各スタートアップとの連携の余地を探る。

 

私自身は、IPO(株式上場)を志向する未上場企業の調査を担う野村證券のリサーチャーとして、コロナ禍の2020年4月から参加してきた。これまでに接したスタートアップは1,200社を超える。

 

登壇企業の顔ぶれは多彩である。
壇上に立つのは、何らか先端技術を追いかけていたり、社会課題の解決への意欲を持つベンチャー経営者たちである。AIや量子技術で産業構造の刷新を目指す企業、腸内細菌の研究で健康寿命の延伸に挑む企業、昆虫を活用して廃棄物問題の解決を図る企業、地方の水道管の老朽化をAIで予測する企業、宇宙ごみの飛来リスクを予測する企業、健康増進に資するアプリを開発する企業、もしくは、人口減少等の地域課題の解決や地方創生に地道に取り組む企業など様々である。

 

興味深いのは、多くの企業が単に夢やロマンを語るだけでなく、成長戦略を備えていることだ。志の高さだけでなく、事業として成立させるための道筋や気概が見える。近年、政府も、AI・半導体、量子、宇宙、創薬・先端医療などを含む「戦略17分野」を掲げ、官民投資の促進やロードマップの策定を通じて、重点領域への投資を強化している。Morning Pitchの現場でも、政府が掲げる戦略17分野の考え方に沿う形で、テーマ設計や登壇スタートアップの選定も試みている。

 

もちろん、すべての企業が順風満帆に成長するわけではない。
これまでには東証グロース市場などへの上場を果たし、華々しく注目を集めた企業もある。しかし現実には、多くの企業がまだ「水面下」で奮闘している。ピッチの外側で地道に資金を調達し、提携先を探しながら、事業を磨いている。

 

足元では、日本のグロース市場における上場維持基準の厳格化もあり、IPOへの道のりは狭くなったという意見もある。上場企業においては、株主価値を意識し、新しい冒険よりも投資効率や蓋然性を見極めた、着実な成長を志向するケースが増えたようにも感じられる。一方で、スタートアップ界隈全体の熱気も、AI関連を除けば以前に比べるとやや落ち着いた印象がある。それでも、この朝のピッチ会場には、夢の実現に挑む起業家たちが、熱いプレゼンを繰り広げている。

 

特に印象に残っているのは、少し前の登壇者だが、あるAIベンチャーの社長の言葉である。質疑応答の場で、彼は「私は生まれた時からプログラミングしています。」と語った。もちろん、文字通り受け取ることはできない。だが、その一言には不思議な説得力と自然さがあった。スタートアップの世界では、突き抜けた情熱や技術が、論理を超えて人に伝わる瞬間がある。そうした場面に出会うたびに、「この人、この会社は本当に世の中を変えるかもしれない」と、私の心は躍っている。

 

私が見てきた1,200社超の多くは、一般にはまだ無名だろう。しかし、自力での業容拡大や大企業との協業等を通じて、少しずつ社会の仕組みを変え始めている。一見すると小さな試みに見えても、10年後、20年後に振り返れば、「新しい日本の産業」の一部になっているかもしれない。

 

私は証券会社で未上場企業を調査する立場にある以上、「この会社は持続的に利益を生めるのか」という視点を持ってプレゼンを聞いている。しかし、「ソロバン(スプレッドシート)」だけではスタートアップの魅力、意義は語り尽くせない。スタートアップの現場は、泥臭く、地味で、失敗も多い。それでも、その混沌の中から新しい潮流が生まれる目撃者でありたいと思う。

 

もし、大企業の新規事業担当者やイノベーション推進に関心のある方、社外の風を取り入れたい、スタートアップとの協業の可能性を探りたいと考えている方なら、一度Morning Pitchをのぞいてみる価値は大きいだろう。木曜の朝は少し早起きして、未来を垣間見に行くことをお勧めしたい。