サステナビリティNOW #8がんになってもあきらめない 輝き続けるために

日本人の国民病とも言われるがん。医療技術の進歩により生存率は上昇し、入院治療から通院治療へのシフトも進んでいます。がんになっても社会生活を維持することが可能になってきたことに伴い、新たな「課題」も表面化してきました。その1つが、就労と治療の両立。厚生労働省の調査1によると、がんと診断された就労者の約2割が退職あるいは廃業し、このうち半数超は初回の治療前に仕事を辞めています。また病気休職制度を利用した人の38%が復職せずに辞めてしまうという統計もあります。

1. 厚生労働省「がん対策情報」より

がんと共生できる社会をめざし、がんを経験した人が生き生きと働ける環境実現のために立ち上がったのが「がんアライ部」。今回は代表発起人である功能聡子さんと、発起人で自身も24歳で乳がんを経験した鈴木美穂さんからお話しをうかがいました。

がんになった夫 24歳でまさかの乳がん宣告

功能さんががんを初めて身近に感じたのは2010年、出版社勤務の夫・山岡鉄也さんにステージ4の肺がんが見つかった時でした。1年半の休職後、山岡さんは出版社での仕事の中で「がんと共に働く」をテーマとしたプロジェクトを国立がん研究センターと立ち上げます。ライフワークとなったこの活動を2017年に亡くなるまで精力的に取り組み続けました。

鈴木さんががんに罹患したのは24歳の時、テレビ局の記者となって3年目の春でした。8カ月に渡る治療の間に、同世代の若い罹患者と知り合う機会がなかった経験から、復帰後は仕事に励む傍らAYA(思春期・若年成人、15~39歳)世代のがん患者向けフリーペーパー「STAND UP!!」を立ち上げます。さらに、がんに罹患した人やその家族・友人が気軽に集い、看護師や心理士といった専門家に相談ができる「マギーズ東京」(東京都・豊洲)を2016年に開設しました。

「がんアライ部」発足へ

接点のなかった二人が出会ったのは2017年。がん罹患者の就労問題に取り組もうとしていたライフネット生命保険の共同創業者・岩瀬大輔さんが旗振り役となり、多様な専門性を持つ他メンバーとともに7名で「がんアライ部」を発足しました。名前にはally(がん罹患者の味方)、alive(がんとともに生きる)、アライ部(プロジェクトの名称)の三つの意味が込められています。

がんアライ部は、がんの治療をしながら働きやすい職場や社会を実現するための民間プロジェクト。企業向けの勉強会や、各種イベント・セミナーの開催、またウェブサイトを通した情報発信を行っています。「2018年から毎年行っているのが、『がんアライアワード』。がんとともに働ける社会・企業づくりのために取り組んでいることを宣言するものです。各企業のプラクティスは本当にさまざま。他社事例から学びを深めたり、悩みを相談しあえるような仕組みをつくり、がん治療と仕事の両立支援に取り組む企業が増えていくことを目指しています」(功能さん)。「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」の各賞を選考する同アワードへのエントリーは、第1回は21社だったのが2022年には51社に、がんに罹患しても安心して働ける風土や環境が整えられている企業に贈られるゴールド受賞社数も12社から27社へと拡大しました。「がんと共に生きられるようになったからこそ、企業も対応を求められる時代が来ているのだと思います」(鈴木さん)。

がんは「長く付き合う病気」 それでも現状は

「我々は第1回から『がんアライアワード』に参加していて、野村證券は5年連続でゴールドを、グループ会社もゴールドやシルバーを受賞しています。こうした機会がある私たちは意識して考えることができますが、実際に『治療と就労』を取り巻く環境は変わっているのでしょうか。」(谷垣)。

罹患後の仕事について相談を受けることが多い鈴木さんは、会社が配慮のつもりで楽な部署へ異動させることはいまだ多く、「私もそうだったんですけど、会社に迷惑をかけるので辞めた方がいいと思ってしまう。特に抗がん剤を使い始めて数週間すると髪が抜け、気持ちや体力面で辛くなると、先が見えなくなってしまう」と、罹患者本人が悩む場面も多いと言います。
がんアライ部発足時に勤労者572人を対象に実施したアンケートでは、43%が病気になっても働き続けられる制度が会社になく、30%が制度はあるものの使いにくい雰囲気だと回答しました。日本では2人に1人ががんになる時代。生存率は上昇傾向にあるうえ、罹患者の約3割は就労世代です。「罹患後も生活は続くし、働くことが生き甲斐になることもある。できる限り仕事は続けてほしい」(鈴木さん)

年齢階級別罹患数

年齢階級別罹患数

厚生労働省健康局がん・疾病対策課「全国がん登録 罹患数・率 報告」(2019年)より作成、上皮内がんを除く総数

推計患者数と平均在院日数

推計患者数と平均在院日数

厚生労働省「患者調査」(2020)より作成

仕事が心の支えに

鈴木さんが当時勤めていたテレビ局では、治療休暇から戻ってくる人は通常バックオフィスに配属されていました。しかし、鈴木さんは「記者を続けたい」と元の部署に戻ることを強く希望。当初はまだ治療を続けていたので、ウィッグをかぶり、体調面では辛い日が多かったものの、普通に仕事ができることがありがたかったそう。復職から2年後に起きた東日本大震災では病気を忘れ記者としての使命に徹しました。

功能さんもまた、夫が仕事に生きる希望を見出し、特に「がんと就労」に関する活動ではフォーラム登壇や書籍出版など活動の幅をどんどん広げていったと言います。同僚からのサポートはプライベートにも及び、棚田のオーナー制度を利用していた山岡さんが富山県を訪れる際には、毎年必ず一緒に来てくれるなど大きな心の支えを得ました。「メンタル面の影響が大きい病気なので励ます意味もあったと思いますし、私も助けられました」と功能さんは振り返ります。

「治療を続けるには金銭的な不安がつきまとうし、一人だと心細くもなる。社会との接点を維持する意味でも働きながら治療できる環境はとても大事。会社にはどういった支援ができるのでしょうか?」(谷垣)

悔いのない最善の選択を

1つは、「聞く力」を持つことだと二人は声を揃えます。がんは種類や進行度合いだけでなく、個人差が非常に大きいため、同じがん経験者同士だから相手の気持ちが分かるとも限らない。一人ひとりに「あなたは、どうですか?と聞くことが必要」(功能さん)。鈴木さんは自身が復職した際、何かあれば言ってほしいと声をかけてもらったことで、「いつでも聞いてもらえる」という安心感が心強かったと言います。

もう1つは、「正しい情報」の提供。
鈴木さんは24歳で乳がんが見つかり、出産できる可能性を残すためにさまざまな選択肢を検討した経験から、人生の中の優先順位を決め、「納得のいく選択ができるよう、最善の努力をすることは大事」だと感じています。そして納得のいく選択をするために必要なのが、「正しい情報」。たとえば、がん治療では科学的根拠に基づいた観点で最良の方法である「標準治療」が推奨されていますが、「標準=最先端ではない」といった誤解は多い。また、「世の中には単に利益を目的とした、エビデンスのない治療が本当にたくさんあって、正しい情報が何か分からなければ、この峻別は難しい」(功能さん)という問題も。実際、情報が溢れる現代において、何が重要でどれが信用できる情報なのか分からないといった悩みを抱えている人は多くいます。がん診断を受けた時、治療中そして治療後とステージによって必要な情報も違う。だからこそ、身近な会社が「信頼できる情報源」へと繋ぐ役割を果たすことで、罹患者が悔いのない選択をする支援ができるのではないかと功能さんは考えています。

「がん治療×仕事」をモデルケースに

がんは治る病気になってきました。でも、治らないこともある。功能さんは夫の状況を振り返り、「『治らないという弱さ』を抱えた人や、『前と同じように働けない』『働けない期間がある』といった人も含め、色々な働き方をする人が社会に受け入れられることが必要」ではないかと言います。そして鈴木さんは、がんになった人が働きやすい環境は、他の疾病を抱える人にも働きやすい環境であると感じています。「がんは対象となる人数が多いので、まずはやってみる。1つモデルができれば、他の疾病や社会課題にも置き換えられるはず」。

誰ひとり取り残さず、誰もが輝きながら仕事を続けられる社会を創っていく。仕事と治療の両立が困難と思いがちだった状況を少しずつでも変えていく。みなさんもまずは「聞く」ことから始めてみませんか?

胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がんの5種類については、一定年齢以上は定期検診を受けることで死亡率が下がることが科学的に検証されています。なお、「検診」は特定の疾病を発見するために行われるもので、疾病のなりやすさを判定するために行われる「健診」とは性質が違うもの。気になる症状がある場合は放置せずにすぐ相談をすることが早期発見・早期治療につながります。

胃がん検診 50歳以上 2年に1回
子宮頸がん検診 20歳以上 2年に1回
肺がん検診 40歳以上 年1回
乳がん検診 40歳以上 2年に1回
大腸がん検診 40歳以上 年1回

(出典)国立研究開発法人国立がん研究センター

健康経営の推進

野村グループの創業者である野村徳七が自叙伝的日記(『蔦葛』)で「健康は我々の最大の資本である」と述べるなど、当社は創業時から従業員の健康を重視してきました。2016年7月には「NOMURA健康経営宣言」を採択し、健康経営推進責任者(Chief Health Officer)のもと、健康保持・増進に向けた取り組みを推進しています。

<主な取り組み例>

人間ドック・健康診断 受診率100%を目標に設定。20代は定期健康診断、30歳以上は人間ドックの費用を全額補助し、女性は20歳以上に子宮頸がん検診、30歳以上に乳がん検診を補助。人間ドック休暇あり
治療と仕事の両立支援 病気に罹患した社員と上司向けの「治療と仕事の両立支援ガイドブック」、治療と仕事を両立している社員の体験談(「キラッとNOMURA Life~私の体験談~」)等を通じた社内の風土醸成を推進。また、健康診断受診後に精密検査等が必要になった際に取得できる「二次検査休暇」、抗がん剤治療などの通院時に利用できる「時間単位年次有給休暇」の導入など制度面でのサポート、両立支援サポーターとして社内の保健師が窓口を務め、一定期間休んだ社員に対しては、治療と仕事の両立のため主治医の意見を確認し、必要時産業医面談を行う等支援体制なども整えています
ノム☆チャレWALK 部署ごとに平均歩数を競うオンラインのウォーキングイベント。同時に参加者の平均歩数に応じた金額の寄付を行っており、2022年度は認定特定非営利活動法人「キッズドア」に寄付をしています
WellGo 野村ホールディングスと野村総合研究所が行ったビジネスコンテストで入賞した健康経営プラットフォームで、健康診断結果や医療費、歩数、食事記録など健康データの見える化機能やeラーニングや健康クイズ配信によるヘルスリテラシーのほか、イベント機能を活用した社員コミュニケーションの活性化にもつながっています

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功能聡子氏
国際基督教大学(ICU)卒業後、民間企業等勤務の後、1995年よりNGO(シェア=国際保健協力市民の会)、JICA、世界銀行の業務を通して、カンボジアの復興・開発支援に携わる。 カンボジア人の社会起業家との出会いからソーシャル・ファイナンスに目を開かれ、その必要性と可能性を確信し 2009年ARUNを設立。がんと就労に関する活動を家族として支えた経験がある。

鈴木美穂氏
1983年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、テレビ局に入社して3年目の2008年5月に乳がんが見つかり、8ヶ月の闘病生活の後に社会復帰。がん患者とその家族などが相談できる場づくりを続けている。認定NPO法人maggie’s tokyo共同代表、STAND UP!!発起人を務め、現在もさまざまなチャレンジを抱えた人たちが活躍できるプラットフォームづくりに力を入れている。

撮影:花井亨

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