EU「一国一票」の原則:グリーンディール産業計画

2023年2月1日、欧州委員会が「ネットゼロ時代に向けたグリーンディール産業計画」(A Green Deal Industrial Plan for the Net-Zero Age;以下「GD産業計画」)を公表しました。欧州は、デジタルとグリーンを産業政策の2本柱として推進してきましたが、改めてグリーン分野での産業競争力強化を狙う構えが明らかになった格好です。

GD産業計画の背景

2019年にフォンデアライエン氏が欧州委員会委員長になって以降、欧州ではグリーン分野に関する産業振興が加速してきました。2020年3月に公表された「欧州新産業戦略」(A New Industrial Strategy for Europe)では、「気候中立性への移行」と「デジタル・リーダーシップへの移行」が標榜され、具体的な取組み内容として(1)デジタル化された単一市場の成立、(2)グローバルな競争市場の維持、(3)気候中立性に向けた産業支援、(4)循環型経済の構築、(5)イノベーション精神の定着、(6)スキル構築とリスキリング、(7)移行に向けた投資・資金調達環境の整備、が示されています。

GD産業計画の概要

欧州新産業計画のうちグリーン分野に係る部分をアップデートしたのが、今回のGD産業計画。(1)規制環境の改善、(2)資金調達の支援、(3)人材開発、(4)貿易の促進の4本柱で構成されています。

(1)規制環境の改善

欧州委員会は2023年春までに3つの提案を行う予定にしています。1つ目はグリーン技術に関連する規制を簡素化する「ネットゼロ産業法」。蓄電池や風車、ヒートポンプ、太陽光発電機器、電気分解装置、炭素回収・貯留技術などがそれです。2つ目は「重要原材料法」で、ネットゼロを実現するために必要な重要原材料の供給確保、採掘・加工・リサイクルの促進、技術開発の継続といったことが盛り込まれる予定。そして3つ目は「電力市場改革」。これまでEUではエネルギー供給の自由化に向けてさまざまな改革が行われてきましたが、ウクライナ危機やグリーン政策の観点から一定の修正が入る見込みとなっています。

(2)資金調達の支援

国別の施策としては、各国による資金供給策の迅速化・簡素化を2025年末までの時限的な措置として認める方針が打ち出されているほか、ウクライナ危機をきっかけに導入されたTCF(一時的危機フレームワーク)を拡張し、TCTF(一時的危機・移行フレームワーク)とすることも提案されています。EUレベルでの資金供給策は、EU加盟国間におけるネットゼロ対策の温度差を埋めることに主眼が置かれています。EUの単一市場としての性質を損なわないよう、EU予算を用いて市場の断片化(fragmentation)を防ぐ意向で、REPowerEU計画、InvestEUプログラム、イノベーションファンドについて具体的な施策が講じられています。そして民間による資金供給策については、国家・EUレベルでの資金供給だけでは脱炭素の実現が困難であるとしたうえで、2020年版CMU(資本市場同盟)行動計画の推進が求められています。

(3)人材開発

デジタル及びグリーンへの移行に際して必要なスキルの充実が謳われています。既に欧州スキルアジェンダ(European Skill Agenda)で展開された内容をEUでは進めていることに加え、陸上再生可能エネルギーに関するスキルパートナーシップが2023年2月までに、そしてヒートポンプに関するスキルパートナーシップが2023年末までに立ち上げられる予定です。

(4)貿易の促進

重要課題と位置付けるFTAについてはオーストラリアやインド、インドネシア、メルコスールとの交渉を進めるほか、FTAやEPA以外の自由貿易推進のための取組みも進めていくとしています。貿易関連の新施策としては、デジタル・グリーン経済への移行に向けた供給面での協力関係を強化する枠組みと見られる「重要原材料クラブ」やクリーンテック/ネットゼロ工業パートナーシップの創設、輸出信用に関する戦略の構築が挙げられます。また、貿易防衛手段(Trade Defence Instruments)を最大限活用してEUの単一市場を不公正な貿易慣行(ダンピングや歪曲的補助金)から守ることや、2023年1月に効力を発揮し始めた海外補助金規制を用いて、欧州の産業競争力が低下しないよう取り組むこと、海外直接投資に関するスクリーニング・フレームワークを活用していくことなども述べられています。

更なる競争激化へ

EU(27カ国ベース)は世界GDPの15%近くを占める巨大経済圏であることに加え、「一国一票」の原則を有す国際場裏では、加盟国が統一的な意思を持つことが大きな意味を持ちます。いわばEUはグローバル経済の「ルールメイカー」としての存在感を増しているのです。今回のGD産業計画の採択は、EUがグリーン関連分野でグローバルな競争力を強化していくことを再確認させました。同時に、同分野における競争がグローバルに激化する中で、改めて公平・公正な産業政策ルール・貿易ルールの議論が盛り上がりやすいと考えます。CBAM(炭素国境調整メカニズム)を巡る懸念も晴れない中で、グリーン政策をどのように強化・推進していくかが改めて関心を集めると思われます。

野村リサーチレポート「野村ESGマンスリー(2023年2月)」より

参考記事

Nomura Connects 「野村ESGマンスリー(2023年2月)」

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