政策アップデート生態系回復を目指す欧州自然再生法

2023年11月、欧州自然再生法に関する規則(Regulation on Nature Restoration Law)についてEU議会と閣僚理事会(=EU理事会)が暫定合意に達しました。2024年の早い時期には正式に成立する見込みです。自然再生法は、2020年5月に発表された「2030年に向けたEU生物多様性戦略」に基づき、欧州委員会が2022年6月にEU議会・閣僚理事会に提出したもので、2030年までにEUの陸域及び海域の少なくとも20%を対象とすること、そして2050年までに、回復の必要がある全ての生態系を対象とすることを要求しています。

この大きな目標のもと、7分野に亘り自然回復の目標と義務が掲げられていることに加え、EU加盟国はこれらを実現するために必要な手段を国家自然再生計画に取りまとめることが義務付けられています。

欧州委員会が提案した「欧州自然再生法」の主要な目標等

(1)陸域・沿岸・淡水域における生態系の回復

  • 各種の生息地(6種:湿地帯、草原、河川・湖沼、森林、ステップ地帯、岩場・砂丘)のそれぞれについて、2030年までに面積の30%、40年までに60%、50年までに90%に必要な自然回復の措置を講じる。

(2)海洋における生態系の回復

  • 各種の生息地(7種:藻場、大型藻類の群生地、貝床、石灰藻球の藻場、サンゴ・海綿体生息地、湧水帯、軟弱堆積物)のそれぞれについて、2030年までに面積の30%、40年までに60%、50年までに90%に必要な自然回復の措置を講じる。

(3)都市部における生態系の回復

  • すべての都市・町・郊外において、緑地及び樹木被覆面積がネットベースで2021年の状態から減少していない状態を2030年までに実現する。
  • 都市・町・郊外における緑地面積を2040年までに少なくとも3%(2021年比)、2050年までに少なくとも5%増加させること。
  • 更に、2050年までに都市・町・郊外の少なくとも10%が樹木被覆の状態とすること、都市の緑化を既存・新築建築物やインフラ開発に統合する形で進めること。

(4)河川の自然な接続及び関連する河川敷の自然な機能の回復

  • 河川水流に対する水平・垂直方向の障害物(ダムなど)についてリストアップし、2030年までに障害物のない2万5千キロの流路を確保する目標に向けて、取り除くべき障害物を特定する。

(5)花粉媒介者の生息数の回復

  • 2030年までに花粉媒介者の生息数の減少トレンドを反転させ、2030年以降は増加トレンドを実現する。

(6)農業における生態系の回復

  • 2030年までに(a)草原生息蝶々指数、(b)農地の無機質土壌における有機炭素の貯留量、(c)農地における高度多様性保有地のシェアの増加トレンドを実現する。
  • 農地鳥類指数について、2030年に110、2040年に120、2050年に130に到達するよう手段を講じる(これまでの生息数の減少が大きい国の場合。そうでない国は、それぞれ指数が105、110、115に到達するよう手段を講じる)。
  • 農業目的で使用されている泥炭地の有機質土壌で水分が枯渇しているものについて、2030年までに30%、2040年までに50%、2050年までに70%を再湿潤化する。

(7)森林における生態系の回復

  • 2030年までに(a)枯れ立木、(b)倒れた枯木、(c)年齢構成が多様な森林のシェア、(d)森林持続性(connectivity)、(e)森林鳥類指数、(f)有機炭素の貯留量が増加トレンドになるよう手段を講じる。

(注)欧州委員会が当初提案した内容に基づいているため、EU理事会や欧州議会による暫定合意ベースの内容と異なる点に注意。(6)農業における生態系の回復で指標とされる農地鳥類指数は、当規則が発効した日から12か月後の月の初日を100として基準にする。
(出所)欧州委員会資料より野村作成

欧州委員会が提案したこの規則案は、生物多様性に関するCOP15で採択された昆明-モントリオール生物多様性フレームワーク(2022年12月採択)と概ね整合的なもので、生物多様性の改善に向けてグローバルなリーダーシップを発揮したものと言えるでしょう。しかし内容面では物議を醸し薄氷の成立となった点にも注意。2023年5月には、欧州議会のEU農業委員会(AGRI)及び水産委員会(PECH)が相次いで欧州委員会の提案に反対したほか、2023年6月の環境委員会でも賛否同数(賛成44、反対44)で過半数の同意を得られませんでした。7月のEU議会本会議(プレナリー)では賛成多数を確保(賛成336、反対300、棄権13)することが出来たものの、EU内でも相応に賛否が分かれる規則案であることが分かります。

欧州自然再生法に対する最大の反対者は、農家。「(6)農業における生態系の回復」に含まれる枯渇した泥炭地の再湿潤化によって、農地が強制的に利用不可能になるとの懸念が広がったためで、EU議会の最大勢力であるEPP(欧州人民党)は欧州自然再生法に対して反対に回っていました。EPPはまた、本規則が食料安全保障や再生可能エネルギー(水力発電やバイオマス発電など)の目標と矛盾するとも主張していました。

こうした状況を踏まえ、欧州委員会が提案した原案には幾つかの修正が加えられましたが、ここでは代表的なものを紹介します。

  • 陸域及び海域に関する部分で掲げられた各生息域について、それぞれの生息域についての数値目標ではなくそれらの全体に対する数値目標とされた
  • 陸域及び海洋に関する部分で、再生可能エネルギーの導入に関する例外措置が設けられた
  • 陸域及び海洋に関する部分で、国家防衛に供する場合の例外措置が設けられた
  • 農業分野における乾燥泥炭地の再湿潤化目標のうち、2040年目標と2050年目標が引き下げられた
  • 同じく再湿潤化目標について、インフラ・建設物・気候適応・その他の公共の利益を著しく損ねる可能性が高い場合には、(農地以外に再湿潤化可能な土地がないことを条件に)目標未達が正当化される規定が盛り込まれた
  • 森林に関する目標が一部削除された上で、それら削除された目標を含む新たな目標が選択的目標として加わった

この修正について、欧州自然再生法が骨抜きにされたと見ることも可能で、欧州委員会が提示した当初案に比べると11月の暫定合意案は例外条項が加わっているほか、各目標についてもややハードルが低いものに修正されています。とはいえ、ウクライナ危機に直面し、エネルギーや肥料・食料価格の高騰に苦慮してきた欧州経済のこれまでを考えれば、それでもなおサステナビリティ目標に向けた取組みが前進している点は評価できるでしょう。2024年6月6日~9日に欧州議会選挙(5年に一度)を控えていることからしても、欧州自然再生法が無事に暫定合意に到達したことは、むしろサステナビリティの追求において、EUでは幅広い政治的支持があることを反映しているようにさえ思われます。

野村リサーチレポート「野村ESGマンスリー(2023年11月)」より

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