ブルーエコノミー(2)日本におけるブルーエコノミー戦略とブルーカーボン

日本の海洋に関する諸施策は、海洋基本法及び海洋基本計画に基づき推進されており、ブルーエコノミーの基盤に相当するとも考えられます。

海洋基本法は、食料資源エネルギーの確保、物質の輸送、地球環境の維持を通じた海洋の果たす機能の増大や多くの課題の顕在化といった背景の下、海洋政策の新たな制度的枠組みを確立するために国の総合的な取り組みを定めた法律として、2007年7月に施行されました。海洋基本法の基本理念の1つに、ブルーエコノミーの概念に通ずる「海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和」が含まれています1

また、海洋基本計画は海洋政策の推進を目的として、施策の基本的な方針、海洋に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策等を規定するもので、おおむね5年ごとに見直しが行われています。2023年4月に閣議決定された第4期海洋基本計画では、海洋政策の方向性として、総合的な海洋の安全保障とともに、持続可能な海洋の構築が主柱として位置付けられました。持続可能な海洋の構築では、カーボンニュートラルへの海洋分野の貢献の観点から、洋上風力発電の排他的経済水域(EEZ)への拡大に向けた法整備等を通じたカーボンニュートラルへの貢献等の施策が掲げられています。

第4期海洋基本計画の概要(持続可能な海洋の構築、抜粋)

  1. カーボンニュートラルへの貢献

    (ア)脱炭素社会の実現に向けた海洋由来のエネルギーの利用

    • 洋上風力発電については、安全保障や環境への影響の観点を十分に考慮しつつ、EEZへの拡大に向け法整備や、国産化に向けた技術開発を推進等

    (イ)サプライチェーン全体での脱炭素化

    • カーボンニュートラルポート(CNP)の形成の推進、ゼロエミッション船の開発・導入等

    (ウ)二酸化炭素(CO2)の回収・貯留の推進

    • CCS(CO2の回収・貯留)の事業開始に向け、法整備を含めた事業環境整備の加速化等
  2. 海洋環境の保全・再生・維持

    (ア)SDGs等の国際的イニシアティブを基にした海洋環境の保全
    (イ)豊かな海づくりの推進
    (ウ)沿岸域の総合的管理の推進

  3. 水資源の適切な管理

    (ア)科学的知見に基づいた新たな資源管理の推進等

  4. 取組の根拠となる知見の充実・活用

    (ア)北極・南極を含めた全球観測の実施

    • 全球規模、重点海域での持続的な観測等により気候変動予測を精緻化・高度化

    (イ)海洋生態系の理解等に関する研究の推進・強化

    (ウ)世界規模の枠組みへの貢献

    • 海洋データの共有・活用
    • 持続可能な開発目標(SDG)14の実現に向けた日本モデルの推進(海洋プラスチックごみ対策等)
    • 革新的技術の研究開発の推進等

(出所)内閣府「第4期海洋基本計画の概要」2023年4月28日、より野村資本市場研究所作成

ブルーカーボン・クレジット制度

第4期海洋基本計画において、ファイナンスに関する項目は基本的に盛り込まれていません2。ただし、日本の金融機関でも取り扱いが始まっているブルーカーボンに関しては、国レベルでの施策も展開されています。

ブルーカーボンの概念は、国連環境計画(UNEP)が2009年10月に公表した報告書3において、海洋生態系に取り込まれた炭素を「ブルーカーボン」と命名し、吸収源対策の新たな選択肢として提示され、誕生しました。日本のブルーカーボンによる二酸化炭素(CO2)の年間吸収量(2030年)は、既存の吸収源対策による吸収量の最大12%に相当し、日本の国が決定する貢献(NDC)4の目標値の最大0.4%を担うことが可能との試算があります5

世界各国の温室効果ガス排出量の状況を示す国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局の温室効果ガスインベントリ6の算定におけるブルーカーボンの取り扱いは任意算定となっており、日本では2023年6月末現在、ブルーカーボンは算定対象として認められていません7。ただし、経済産業省が2020年12月に策定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において、「ブルーカーボンについては、炭素吸収量のインベントリ登録を目指す。また、地方公共団体等による沿岸域における藻場・干潟の造成・再生・保全の取組の推進、藻場・干潟等を対象にしたカーボンオフセット制度の検討を行う」と言及されています。

加えて、ブルーカーボンを定量化して取引可能なクレジットにする仕組みとして、「ブルーカーボン・オフセット・クレジット制度(J ブルークレジット®)」が2020年度に始まりました。本制度は、国土交通省の認可8の下で2020年に設立されたジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が中心となって運営しているもので、温室効果ガスの排出を他の場所で埋め合わせるという「カーボン・オフセット」の考え方をブルーカーボンに取り入れ、藻場の保全活動等を行う民間非営利組織(NPO)・市民団体等により創出されたCO2吸収量をクレジットとした上で、CO2削減を図る企業・団体等との間でクレジット取引を行う仕組みです9

J ブルークレジット®では、第三者委員会による申請内容の審査・意見を下に、JBEが認証し、クレジットを発行・管理しています。CO2吸収量の調査・算定に関する手順は、「J ブルークレジット®認証申請の手引き」10に明記されており、国や港湾管理者等が造成する藻場や干潟等において保全活動を行うNPOや市民団体等が、活動を通じたCO2吸収量を調査、算定します。

J ブルークレジット®の仕組み

Jブルークレジット®の仕組み

(出所)国土交通省「脱炭素社会の実現に向けたブルーカーボン・オフセット・クレジット制度の施行について」2022年3月15日、より野村資本市場研究所作成

1 基本理念は、海洋の開発及び利用と海洋環境の保全と調和、海洋の安全と確保、科学的知見の充実、海洋産業の健全な発展、海洋の総合的管理、国際的協調、で構成されている。(内閣府「海洋基本法について(概要)」)
2 第4期海洋基本計画において、ファイナンス(若しくは金融)という文言については、海洋に関する施策に関して政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策の1つである、海洋産業利用の促進(カーボンニュートラルへの貢献を通じた国際競争力の強化等)で、「経済協力開発機構(OECD)造船部会において船価動向モニタリング、他国の公的支援措置の通報制度、船舶輸出のための公的金融支援措置等に関する議論を通じて、健全な造船市場の構築、公正な競争条件の確保等に努める。(国土交通省)」との言及があるのみである。
3 United Nations Environment Programme et al., "Blue Carbon: the Role of Healthy Oceans in Binding Carbon," 2009.
4 日本のNDC(国が決定する貢献)として、温室効果ガス削減目標「2050年カーボンニュートラルと整合的で、野心的な目標として、我が国は、2030年度において、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向け、挑戦を続けていく」とされている。(地球温暖化対策推進本部「日本のNDC(国が決定する貢献)」2021年10月22日)
5 桑江朝比呂他「浅海生態系における年間二酸化炭素吸収量の全国推計」『土木学会論文集B2(海岸工学)』第75巻第1号、土木学会、2019年。
6 温室効果ガスインベントリは、一国が1年間に排出・吸収する温室効果ガスの量を取りまとめたデータのこと。世界全体や各国における温室効果ガス排出量を把握するために作成されている。(環境省「温室効果ガスインベントリの概要」)
7 NTT データ「脱炭素への新たな道を示すブルーカーボン」2022年7月15日。
8 国土交通省「ジャパンブルーエコノミー(JBE)技術研究組合の設立を認可しました ~我が国初となるブルーカーボンに関する技術研究組合~」2020年7月16日。
9 国土交通省「脱炭素社会の実現に向けたブルーカーボン・オフセット・クレジット制度の試行について」2022年3月15日。
10 ジャパンブルーエコノミー技術研究組合「J ブルークレジット®認証申請の手引き-ブルーカーボンを活用した気候変動対策- Ver.2.2.1」2023年3月。

詳細は、『野村サステナビリティクォータリー』2023年夏号論文 門倉朋美・江夏あかね「国家・地域戦略としてのブルーエコノミーの展開-日本、セーシェル及びEUの事例-」をご参照ください。
こちらの論文は野村資本市場研究所リサーチポータル会員登録(無料)で閲覧できます。

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