2023年11月
政策アップデートインド太平洋経済枠組みの動向
IPEF(インド太平洋経済枠組み)は、2021年10月の東アジアサミットにおいてバイデン米大統領が発表した枠組みで、日本、米国、オーストラリア、ブルネイ、フィジー、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの14か国が参加しています。強靭性、持続可能性、包摂性、経済成長、公正さ、および競争力の向上を目的に2022年5月に発足しました。IPEFの具体的な取り組み分野は(1)貿易、(2)サプライチェーン、(3)クリーンエネルギー・脱炭素・インフラ、(4)税・腐敗防止、の4本柱で、これまで数次に亘り交渉官会合が開催されてきました。
IPEFに関する出来事まとめ
2022年
- 首脳級会合(5月・東京): IPEFの正式立ち上げ。(1)貿易、(2)サプライチェーン、(3)クリーンエネルギー・脱炭素化・インフラ、(4)税・腐敗防止、の4つの柱それぞれで取り組みを進めることに合意
- 閣僚級会合(第1回、9月・ロサンゼルス): 4本柱の取組み分野について、交渉目標を設定。インドが(1)貿易について交渉不参加となったものの、他の13か国は全分野で交渉に参加することに
- 交渉官会合(第1回、12月・ブリスベン): 各分野の交渉テキストが共有され、交渉が本格的に開始
- 閣僚級会合(第2回、12月・オンライン): 第1回交渉官会合の成果を歓迎するとともに、次回2月の交渉官会合開催を決定
2023年
- 特別交渉官会合(2月・ニューデリー): インドが参加しない貿易分野を除く、3本柱について交渉を実施
- 交渉官会合(第2回、3月・バリ): 労働・環境・デジタル貿易・技術支援や包摂性に関する交渉テキストが提示され、各国が協議
- 交渉官会合(第3回、5月・シンガポール): 引き続き各分野で協議を実施
- 閣僚級会合(第3回、5月・デトロイト): 4本柱のうち、(2)サプライチェーンについて先行的に実質合意。IPEFサプライチェーン協議会の設立などが決定される
- 閣僚級会合(第4回、6月・オンライン): (2)サプライチェーンでの実質合意を踏まえ、(3)クリーン経済、(4)公正な経済の2分野について野心的な目標に向けたコミットメントを参加国全体で確認。米国は米国国際開発金融公社によるインフラ支援策を提示
- 交渉官会合(第4回、7月・釜山): (1)貿易、(3)クリーン経済、(4)公正な経済の3分野で引き続き協議
- サプライチェーン協定の協定文公表(9月): 実質合意した内容の正式な協定文で、参加国は当協定文を基に国内手続きを行うことになる
- 交渉官会合(第5回、9月・バンコク): 引き続き3分野の協議を実施
- 閣僚級会合(第5回、10月・オンライン): デジタル貿易分野等で協議難航も、年末までに大きく協議を進展させることで参加国が合意
- 交渉官会合(第6回、10月・クアラルンプール)
- APEC首脳会議(11月・サンフランシスコ)
(出所)各種資料より野村作成
先行的に妥結されたサプライチェーン分野
IPEFの取組み分野のなかでも、サプライチェーンに関する協議は早期に進展しました。2023年5月には参加国全体での実質合意に到達し、9月には米商務省から協定文書が公開されています。
IPEFにおけるサプライチェーン協定の主要内容
IPEFサプライチェーン協議会及び各国による重要分野又は重要物品の特定
- 各国がそれぞれの重要分野・物品を特定
- 複数国が共有する重要分野・物品に関する行動計画を作成
- 行動計画には、供給源の多様化、物流のボトルネック軽減、連結性の向上、貿易における障害の抑制・除去などが含まれる
IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク及びサプライチェーン途絶時の対応
- 供給網途絶時の緊急連絡チャネルとして、IPEFサプライチェーン危機対応ネットワークを設置
- 供給網途絶時には、同ネットワークを通じて会合の開催要請が可能
- 参加国は、途絶に直面した国に対する支援にコミットする(共同調達・配送の促進、代替輸送ルートの特定等)
IPEF労働諮問委員会及び個別の労働権侵害事案に関する申立て制度
- IPEF労働権諮問委員会を設置し、供給網において労働権関連の課題を特定。各国労働法・慣行に係る報告書も策定
- 他国での労働権侵害事案に関する対話枠組みを創設。一定期間の後も事態が解決しない場合、IPEF労働諮問委員会の小委員会が情報公開や提言を行う
(出所)商務省(米国)、外務省(日本)資料より野村作成
特に重要と考えられるのが重要分野・物品の特定。以下A~Gなどを基準に決定され、そのリストはIPEFサプライチェーン協議会への提出を通じて参加国に共有されます。これにより、供給網上のリスクが明確化され、その強靭化に向けた取り組みが加速することが予想されます。
(A)その物品の供給不足が安全保障・公衆衛生等・経済的被害に与える影響
(B)単一企業・国・地域・地理的範囲に対する当該物品の依存度
(C)輸送上の実際及び潜在的な制約
(D)代替的な供給者・供給地の利用可能性及び信頼性
(E)国内需要を満たすために必要な輸入量の多寡
(F)国内生産能力の利用可能性
(G)他の重要分野・重要物資との相互連関性の度合い
明示的に言及されてはいないものの、気候変動分野は明らかにこのサプライチェーン協定と深く関わってくるでしょう。EV用蓄電池や太陽光発電向けシリコンなど、グリーン経済の実現に向け必要な原材料・鉱物は一部の新興国に偏って存在することが多く、供給途絶に際して緊急的な融通を行うような協調的なメカニズムまで踏み込めるか、或いは平時における共同開発(供給源の多様化や依存低減に向けた研究開発など)に止まるかなど、実効的な枠組みとしての広がりがポイントとなります。
また、労働者の権利に関する供給網上の問題がハイライトされているのも見逃せないポイント。他国に所在する対象施設が労働者権利に関し不整合な状況に直面した場合、申し立てを受ける仕組みを各参加国が設立することになっています。申し立てを受けた参加国(=IPEF労働諮問委員会への通知国)と、ホスト参加国(=対象施設が所在する国)は、この申し立てに沿って協議を行うことになります。
類似した枠組みとして、USMCA(米国-メキシコ-カナダ協定)におけるRRLM(事業所特定の迅速な労働問題対応メカニズム)があります。USMCAでは労働権侵害が解消されるまで問題となった個別事業所による産品の輸入停止措置が講じられるなど、実際に経済的影響が生じています。一方で、IPEFのサプライチェーン協定文書では、あくまで当事国同士の対話をIPEF参加国が促すことや、サプライチェーン上の問題について提案を行うことなどしか記載されておらず、RRLMと同様の事態が直ちに発生するわけではないと見られますが、労働者の権利について一層の配慮が求められているとは言えるでしょう。
APECに合わせIPEFも前進が見込まれる
11月15日~17日にかけて開催するAPEC首脳会議では、「全ての人々にとって強靭で持続可能な未来を創造」することがテーマに掲げられています。優先課題は(1)相互連結、(2)革新的、(3)包摂的の三つで、この中には「サプライチェーン強靭性の強化」や「気候緩和と強靱性の強化」、「環境問題への取組み」、「男女平等の促進」、「貿易における包摂性への取組み」、「労働者の声の引き上げ」などが挙げられています。これに合わせて、IPEFでも4分野の前進が志向され、既に協定文が提示されたサプライチェーン分野以外についても前進がみられるかが今後の注目点となります。