関 志雄

要約

  1. キンドルバーガーの罠とは、自由貿易、金融の安定、通貨の信認といった国際公共財を既存の覇権国が提供しなくなり、新興国もそれを代替できない場合に、国際秩序が不安定化する状況を指す。その起源は、戦間期の混迷が覇権的リーダーシップの不在によって引き起こされたというチャールズ・キンドルバーガー教授の分析に遡る。ジョセフ・ナイ教授は、この分析を現代に適用し、「キンドルバーガーの罠」という概念を提唱した。
  2. 今日の国際社会は、この罠の再来という危機に直面している。米国はトランプ政権の再登場により、保護主義の強化、国際機関からの脱退、気候変動問題に対する軽視姿勢などを通じて、国際公共財の提供責任を放棄しつつある。他方、台頭する新興国である中国も、経済・通貨・政治制度・安全保障の面における制約により、リーダーシップを発揮するには限界がある。その結果、国際秩序は揺らいでいる。
  3. キンドルバーガーの罠を回避するためには、まず、米国は既存の覇権国として、国際公共財提供の責任を再認識する必要がある。また、先進国だけでなく、中国をはじめとする新興国も国際秩序の安定に貢献すべきである。さらに、各国は、多国間主義に基づく協調体制を再構築し、対話による地政学的緊張の緩和や、自由で公正な貿易体制を中心に経済連携を強化すべきである。