日本経済中期見通し2017
-長期停滞論を超えて-
論文2017年新春号
野村證券経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、髙橋 泰洋、水門 善之、岡崎 康平、棚橋 研悟、宮入 祐輔、大越 龍文
目次
- I.はじめに -長期停滞論と低成長
- II.「低成長」下の世界経済
- III.「低成長」の具体像
- インフレと金融政策は方向感に乏しい
- 隠れた主役としての家計消費と人口動態の影響
- チャンスとしての新興国投資
- 企業の事業戦略と株主還元・M&A
- ヘリコプターマネーへの圧力とそれを回避するための方便
- IV.新興国のバブル崩壊シナリオと日本
- 中国ハードランディングの可能性
- ヘリコプターマネーが実現したら
- V.長期停滞からの脱却に向けて
- 「低成長」からのアップサイドを狙う成長戦略
- 長期停滞脱却に向けた地方再生シナリオ
- VI.シナリオ別の中期経済見通し
- 見通しの前提
- 実体経済と物価の中期見通し
- 財政収支と政府債務の中期見通し
- 金融政策、長短金利見通しと為替レート
- VII.終わりに
要約と結論
- 「長期停滞論」が注目されている。世界経済のパフォーマンスに対する不満は広く共有されており、Brexitやトランプ次期米大統領誕生の背景にもなったと見られる。ただ、人口成長率の低下に長年直面してきた日本にとってより有用なのは、世界経済が「低成長」状態にあるとの理解ではないか。すなわち、新興国の投資ブーム一服で成長率が「低」いと同時に、労働市場逼迫で景気の自己実現的な悪化が回避され、ある程度「成長」はしている。これらの条件は当面変化しにくく、日本を含め世界経済は当面「低成長」状態を続けると見られる。
- 「低成長」の世界では、以下のような展開を想定できる。(1)モノの値段は上がりにくく、ヒトの値段は下がりにくい。インフレや金融政策の方向感は定めにくい。(2)賃金が下がりにくい分、家計は相対的に恩恵を受けやすい。人口減少も個人消費の減少基調入りを決定づけるわけではない。(3)大幅なドル高は進みにくく、ドル建て債務の問題を抱える新興国への投資チャンスとなりうる。(4)企業行動は事業規模の抑制が基調となり、株主還元やM&Aが重要なテーマとなる。(5)ヘリコプターマネー採用を求める圧力をかわすため、内部留保課税を含めた所得再分配政策が採られる可能性もある。
- ダウンサイドリスクとしては、中国での投資ブームが一服を通り越してバブル崩壊につながる展開を想定できる。国際的な金融危機に発展するとは限らないものの、世界第2位の規模を持つ中国経済の失速はそれだけでグローバルな需要減少をもたらそう。デフレへの逆戻りが想定される日本では、ヘリコプターマネー(ヘリマネ)導入論が強まる可能性に気を付けたい。仮に金融市場の大きな混乱なく景気浮揚を実現できても、出口政策が困難であることを考えると、経済厚生の面からヘリマネを成功させるのはナローパスと言えよう。
- 「低成長」の文脈からある程度の必然性とともに期待できるアップサイド・シナリオは、人口減少・労働力不足をバネとした技術革新や制度改正で生産性が改善し、投資が活発化する展開であろう。安倍政権が長期化の可能性を高める中、インフラ輸出などの分野で成長戦略は着実に進捗している。今後は第4次産業革命のためのボトルネック解消などが重要となろう。金融庁が進める地域金融機関の融資改革は、東京への人口集中緩和を通じ、地方経済の活性化を伴いつつ日本の成長を底上げする可能性を有している。