「裁量的取引」と「長期・積立・分散投資」

編集者の目2019年4月22日

野村證券金融経済研究所 所長 許斐 潤

「人生百年時代」という言葉は、総理大臣を議長とする「人生100年時代構想会議」での議論を通じてすっかり日本の日常に定着した。一部には、今、生きているほとんどの人が100歳まで生きるようになるというようなミスリーディングな解釈もあるようだが、平成29年簡易生命表による平均寿命はあくまでも男81.09歳、女87.26歳。日本人の平均年齢(年齢の中央値)は46.1歳ということなので、あと15〜20年働いて、引退後20年前後生きるのが今の「平均的な」日本人の姿である。これが医療技術の発達や健康志向生活の浸透により、主要先進国では2007年生まれの子供の半数の寿命が100歳超まで到達し、中でも日本の2007年生まれの子供は107歳まで生きる確率が50%と推定されている(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット「ライフ・シフト」[2016])。

一方で、長生きは大変おめでたいことである。しかし、他方で、老後に備えた蓄えを使い果たしてしまうのではないかという不安が意識されているのも確かである。老後の生活の柱となる公的年金の頑健性については様々な経済や人口動態上の精緻な前提と計算が必要なので、詳しく論じるのはこの小論の範囲を超えてしまう。ところで、人事・組織コンサルタントのマーサーが2018年10月22日に発表した2018年度グローバル年金指数ランキング「マーサー・メルボルン・グローバル年金指数」レポートによれば、2018年度の日本の年金制度の評価は、対象34カ国中29位であった。ちなみに、ランキング上位はオランダ、デンマーク、フィンランド、オーストラリア、スウェーデン…となっている。これをもって、日本の年金制度は破たん寸前とか、危機的状況にあるなどと扇情的に喧伝するつもりは一切ない。ただ、老後の生活資金を年金だけに頼るのでは、どうも心許ないというのは確かなようである。

そこで、自助努力が必要である。すなわち資産形成ということであるが、結論から言えば、超低金利時代にあって普通の勤労者世帯にとって、投資パフォーマンスの観点から有利な資産形成の手段は株式投資に限られよう。株式投資というと、特定銘柄のタイミングを見計らって売買する裁量的な取引を思い浮かべがちだが、ここで強調したいのは「長期・積立・分散投資」の効用である。よく言われている議論だが、日経平均の過去ピークである1989年12月終値38,915円から、毎月々末値で1万円分の「日経平均」を買っていったとする。1989年12月は10,000÷38,915=0.26単位の「日経平均」が買えたと考える。それ以来2019年4月18日まで353カ月あったので、累積投資元本は353万円となる。こうして累積して買い続けた日経平均は約244.5単位、4月18日の日経平均22,090円で評価すると、投資額の時価は540万円となっている計算である。投資元本比+53%、年率1.5%のパフォーマンスとなる。

もちろん、裁量的な売買で素晴らしい銘柄を発掘できていれば、もっと高いパフォーマンスを挙げられた可能性もあったであろうし、証券会社勤務の立場からすると、活発に裁量的取引をして下さるお客様が大勢いらっしゃることは、とてもありがたいことではある。しかし、銘柄選択の当たりはずれや、知識・情報の制約以外に、一般的な勤労者の誰にでも裁量的取引をお勧めできるわけではない理由がある。第1に、学術上プロスペクト理論と言われる行動モデルである。平たく言えば「利益は確実に、損失は避けたい」という心理の結果としての「早すぎる利食い、遅すぎる損切り」が起こり易い。これは個別銘柄に限らず、投資信託を裁量的に売買する場合にもあてはまる。米国のDALBARという調査会社は毎年QAIBという個人投資家行動に関するレポートを発行しており、個人投資家のパフォーマンスがS&P500指数をアンダーパフォームする傾向があることを示している。第2に、第1の点とも関連するが、投資の成否を決定するのは銘柄選択と幾らで買って、幾らで売るかである。買った時点でそのポジションのコストは固定されてしまい、その後の環境変化に対してとても脆弱になってしまう。第3に、裁量的に個別銘柄のポジションを持ってしまうと、本業の業務中も含めて常にポジションの損益が気になって心の安寧が脅かされ得る。

「長期・積立・分散投資」であれば、短期的な売買が行われないので素直に原資産の本源的価値(ファンダメンタルズ)の成長を享受でき、コストは可変的で環境は厳しいときはむしろコストを引き下げる機会となってくる。また、投資対象と定期的な積立額を決めてしまえば日々の騰落に一喜一憂することはない。もちろん、循環的に厳しい局面で投資を解消すれば結果として損失が出ることはあり得るが、経済全体や投資対象の産業やテーマの本源的価値が成長すると期待できる「十分に長い時間」を取れば、高いパフォーマンスを得られる可能性が高い。以上が「長期」と「積立」の効用だが、「分散」に関しては、インデックス・ファンドのような市場全体か、プロのファンド・マネジャーが適切なリスク管理によって運用している投資信託が相応しいと言える。ここで、先の「十分に長い時間」というのが非常に重要な条件で、「長期・積立・分散投資」を使った資産形成には職業キャリアの可能な限り早い段階から始めることが望ましい。この小論の読者層は、比較的人生経験が豊富で経済的にも恵まれた方が多いと考えられるので、ここでの議論は是非、ご子息・ご令嬢の資産形成に適用することをご検討頂きたい。

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