強いチームには訳がある

編集者の目2022年8月8日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

「日本経済新聞」(以下、日経)と言えば、我々証券会社の役職員にとっては必携アイテムである。始業前までには当日の紙面に十分に目を通しておいて、自分の担当分野への示唆や会話の「掴み」としてどう使うかを整理しておくことは基本動作となっている。他方、経済専門紙としてばかりでなく、筆者が注目しているのはスポーツ記事・企画の充実度である。この話をさる知人にしたところ、「日経の競馬記事は当たる」という定評があると聞いた。残念ながら筆者はこの分野には通じていないので、「日経 競馬 評判」でWeb検索してみると、「予想精度が高い」「当たると評判」といったページに638万件当たった。そのいくつかをサッと読んでみると、全国紙では珍しく競馬欄があって、専門記者が所属していて、内容も専門紙・雑誌並みに充実しているということらしい。

競馬の話をしたい訳ではない。日経のスポーツ記事である。朝刊のスポーツ面に限らず、夕刊には著名な指導者にスポットを当てた「スポーツの流儀」、経営者・アメフト指導者の安田秀一氏のコラム「SPORTSデモクラシー」、中心選手というより仕事人タイプのアスリートを取り上げることが多い「熱視線」など、玄人好みの渋い企画が多い。この中にはスポーツに限らず、広く人材開発一般、組織運営のヒントになるようなデーマが数多くある。以下では、こうした記事をいくつか紹介しつつ、それらのインプリケーションを議論したい。

2021年12月、夕刊に4週連続で「箱根制した『青学道』」が掲載された。青山学院大学陸上競技部の原晋長距離ブロック監督はメディアへの露出も多く、人間性を重視したチーム作り、学生と寮に住み込んでの「原イズム」の浸透などはすでに有名になっている。ただ、この記事からはさらに細かな指導原理が垣間見られる。まず、求める人物像について「…自分の言葉を持ち、自立できる素地をもっているか…」を重視している。また、寮生活で日々選手と過ごしコミュニケーションを取るので、選手の状態を「…所作や言動などちょっとした変化を感じ取る」という。細則ではなくビジョンで組織を束ね、頻繁なコミュニケーションで確認するというのは、「心理的安全性」が実現するための重要な必要条件を構成する※1。監督の競技指導も「命令型」から徐々にチームに寄り添ってサポートする「サーバント型」に段階的にシフトした。これなども、最近の経営理論の一つであるサーバント・リーダーシップに通じるものである。

2022年2月の夕刊に連載された「大阪桐蔭 甲子園の雄へ」では、西谷浩一監督にスポットを当てている。まず、驚くのは1年生の入部を「目の行き届く規模」の1学年20名に絞っていることである。甲子園常連の強豪ともなれば大人数の熾烈な部内競争を連想しがちであるが、実はその逆。その上で、部の上下関係を逆転※2、一人ひとりとしっかり向き合う、レギュラー以外の選手にも出場機会を保証し成長を促す、甲子園=ゴールでなくその先の人生まで見据えた指導などの新機軸が結果に繋がっている。一人の指導者によるマイクロマネジメントは最近の経営理論の流行ではないようにも思える。しかし、高校野球では本命の夏の甲子園を目指すための主力は前年の秋季大会時の1、2年生40名と考えると、その規模の組織運営であるからこそ可能といえよう。逆に、その規模なら、指導者(マネジャー)が各メンバーにハンズオンで「人として関心を持つ」べきということだろう。

安田秀一氏のコラムを一つ紹介したい。2021年12月20日夕刊の「ブランドは『正しい姿勢』から」では、自身が運営するサッカークラブ「いわきFC」の躍進に触れ、ブランド=姿勢=常にカッコよくあること=「正しいことをする」=汚いプレーをせず、正々堂々と戦う… と持論を展開している。これはアマチュアリズムの重鎮、故大西鐵之祐氏の理論とも通じるところがある。「法的に問題ないからOK」ではなく、「正しい姿勢」をとることは、何よりも我々が肝に銘じなければならないことである。

これ以外にも、テニスの大坂なおみ選手、女子バスケットのトム・ホーバス前監督、帝京大学ラグビー部の岩出雅之前監督など紹介したいトピックスは枚挙に暇がないが、紙幅の関係からここまでとさせて頂く。成果を上げているアスリート、チームの運営や理論的背景には今後も注目していきたい。

1 米グーグル社はプロジェクト・アリストテレス(2012年)で、「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」ということを発見した。

2 大阪地区の強豪PL学園では1年生が雑用で練習する時間がないというので、打倒PLのために雑用を上級生に任せ、1年生を徹底的に鍛えたという逆転の発想。帝京大学の岩出前監督も、上下関係を逆転させて結果を出した。この示唆もじっくり咀嚼すべき。

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