金融教育が投資行動に与える効果

編集者の目2023年3月31日

野村證券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター 大庭 昭彦

昨今、社会全体の豊かさを考える上で「金融教育」の重要性が改めて理解され、推進されるようになっている。教育の結果として「金融リテラシー」が高まり、合理的な行動や判断ができるようになることが期待される。ここで一口に金融教育と言っても、教育を受ける側が子供なのか大人なのか、お金持ちなのかそうでないのか、または教育を行う主体が学校や職場なのか家庭の保護者なのかで内容・項目が異なっている。また、全く同じ教育を受けた場合でも、個人の性格、特に行動ファイナンスでいう心理的なバイアスの強さの違いで、実際の投資行動に反映できるかどうかという教育効果が違ってくる。

マーストリヒト大学のゲルハルト等は英国の個人全体を行動様式の違いで「富裕層」と「非富裕層」の2つのセグメントに分けて、心理的な特徴や金融リテラシーの違いが金融資産額(貯蓄額)に及ぼす影響の違いを確認している(Gerhard他[2018])(※)。結果を見ると、まず心理的には他人へ同調しやすいこと、将来に楽観的であることはどちらの層でも資産額にマイナスの効果があるが、非富裕層の方がその傾向が強い。金融リテラシーの高さはどちらの層でも資産額を増やす効果があるが、これも非富裕層の方が強かった。心理的な偏りは小さい方が良く、リテラシーは高い方が良いということだ。慶應義塾大学の荒木等はゲルハルト等の分析手法に習い、日本の個人を同様に2つのセグメントに分けて教育効果の違いを確認している(Araki他[2021])。結果をみると、まず、どちらの層でも学校や職場での金融教育は投資経験とプラスの相関があり、特に非富裕層で効果が高い。仮にゲルハルト等の研究と合わせて考えて良いとすれば、非富裕層の方が金融リテラシー向上の効果が高いので教育効果も高かったという可能性がある。学校や職場での金融教育は、非富裕層に対して特に強力だということを念頭において個人全体に進めるべきだろう。

一方で、家庭の保護者による金融教育は富裕層にはプラスだが、非富裕層にはマイナスの結果となっていた。この結果は、教科書的には不思議な面もあるが、多くの日本人にとっては共感できるかもしれない。これについて荒木等が、歴史的に家庭の保護者による金融教育は貯蓄の奨励であって、現在のような長期投資の奨励ではなかったということをあげていて大変興味深い。

教育チャネルが及ぼす効果の違い

  学校や職場 家庭(保護者)
富裕層への効果 プラス プラス
非富裕層への効果 強いプラス マイナス

(注)富裕層、非富裕層はGerhard論文中のEstablished, Strivingグループに対応する。

(出所)Araki他[2021]をもとに野村證券金融工学研究センター作成

日本では終戦直後から1950年代にわたる「こども銀行」の全国的な流行にも表れたように、小中学校での貯蓄奨励教育が行われた。このことは当時の子供(団塊世代)のお金に対する考え方に強く影響を与えたと考えられる。その子供たちが親となって家庭の教育を担った相手が団塊ジュニア(現在の50歳前後)である。受けた教育の内容は「貯蓄推奨・無駄遣いの抑止・節約」といったもので、決して現代的な「複利・インフレ・分散投資」ではなかっただろう。当時の子供たちが団塊世代を形成し、その家庭内教育を受けた子供たちの世代が現在の社会の中核をなす団塊ジュニア世代であることを考えると、現在の国内の個人が貯蓄志向に偏っていることが上手く説明できる。この偏りが、特に余裕のない非富裕層で顕著に表れたとすれば、家庭内での金融教育がマイナスに働いていることも納得できる。この仮説が正しく、並行して今後の日本の家庭の金融教育の内容を学校や企業に合わせた現代的なものに変化させていけるなら、非富裕層も含めた日本の個人全体への金融教育効果は高まり、合理的なリスク資産保有が進んでいくことが期待できる。

富裕層には高齢、男性、高収入、高学歴、結婚している、などの特徴があり、非富裕層はその逆になるという、「有限混合分布モデル」で統計的に生成されたセグメントを使っている。

[参考文献]
  • Araki, Martinez D.[2021], “Financial Education, Unobserved Heterogeneity and Investment Behavior in Japan”, Keio-IES Discussion Paper Series
    Gerhard P., J. J. Gladstone, and Arvid O.I. Hoffmann. [2018] “Psychological characteristics and household savings behavior: The importance of accounting for latent heterogeneity”, Journal of Economic Behavior & Organization
  • 大庭昭彦[2016], 「新しい投資アドバイス手法と行動ファイナンス」, 『財界観測』
  • 大庭昭彦[2017], 「行動ファイナンスと金融リテラシー」、証券アナリストジャーナル、2017年12月
  • 大庭昭彦[2022], 「投資教育と投資推進に関する研究の新展開」、証券アナリストジャーナル、2022年7月

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