企業価値の創出とIRの重要性

巻頭言2009年夏号

野村證券金融経済研究所 経営役・チーフリサーチオフィサー 海津 政信

昨年秋からの金融危機で、米国型資本主義が揺れている。確かに、レバレッジを高めて収益の極大化に走った米国投資銀行の企業行動、サブプライムローンを組み入れた証券化商品の格付けをAAA格に評価した格付け機関、金融機関行動を十分監視できなかった金融当局などが批判されるのは当然だ。

また、GMの一時国有化で、GMの取締役会はこの間、いったい何をしていたのか、社外役員は十分な役割を果たしていたのかといったガバナンス問題も米国で大きな論議を呼んでいる。さらに、ROEを極大化するために、財務の安定性を軽視し過ぎたのではないか、四半期決算に一喜一憂するような短期業績主義に陥っていたのではないかなど、数多くの批判、疑問が出されている。

ただ、同時に考えなければならないことは、経営の効率を上げ、企業価値を高め、ひいては経済発展につなげていく資本主義のダイナミズムは必要だし、市場からの規律が効かない企業経営が復活することは避けなければならないということである。

その意味で、大規模な政策対応で、世界経済が最悪期を脱しつつある今、米国型モデルの何を変え、何を維持するか、十分な議論が必要だろう。金融制度改革、ガバナンス改革など、積極的な議論がなされることを期待するが、ここでは、変わらないこと、いや変えてはならない事について、二つほど確認したい。

第一は、キャッシュフローの創出力を鍛え、企業価値の向上を図るという米国型とも共通する企業経営のあり方である。具体的には、(1)収益力や成長力を高めるべく、事業の選択と集中を進めていくことが改めて求められる。2001年の前回不況で、日本企業はかなり選択と集中を進めたが、2008年不況で、必ずしも十分でなかったことが判明した。総合電機、総合化学などはその典型であろう。思い切った対応策が不可欠だ。

(2)新興国経済の存在感が増す中、新興国向けの販売・製品戦略の強化が急がれる。新興国市場は価格が安く、利益がとれないとの意見が良く聞かれるが、自動車・同部品、機械、化粧品・トイレタリー業界などを見ても、中国やインドなどのアジア戦略で先行した企業ほど収益が底堅い点を見逃してはならない。

(3)CO2削減が待ったなしとなる中、エコカー、太陽電池などの環境ビジネスはもとより、すべての製品を環境主義のフィルターで見直していくことが必要だろう。

第二は、IR活動の重要性である。日本企業のIRは、近年、非常に向上してきていた。これは、株式持合いが減り、外国人投資家や年金などの機関投資家の発言力が大きくなってきたことや、経営トップが経営戦略の立案・実行とともに、最重要な仕事として、株主との対話を位置づけてきたことによる。

しかし、最近は企業業績が厳しいことから、IR活動を軽視する兆しが出てきている。この分野で先駆的な活動をしてきた日本IR協議会の会員数が、2009年に入り10%以上減少しているのである。

筆者もパネリストとして参加した2009年春東証が開いた「東証IRフェスタ」では、アナリストだけでなく、経営学者、機関投資家などから「IRは企業価値を高める経営戦略そのもの。今まで以上に重要性は高まる」との声が相次いだ。米国型モデルの行き過ぎを正す一方、かつての日本型に戻るべきではない。また、IRを後退させることは避けるべきことを確認しておきたい。

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