建国60周年を機に考える「中国の将来」

巻頭言2009年秋号

野村證券金融経済研究所 経営役・チーフリサーチオフィサー 海津 政信

この10月で新中国建国60周年を迎える。毛沢東時代の中国は、政治闘争が絶えず、経済発展どころではなかったが、1978年に鄧小平が政治の実権を握り、改革開放路線に舵を切って以来、輸出、投資主導で中国経済は年10%近い成長を続けてきた。特に、2001年にWTOに加盟して以降、一段とその傾向を強めてきた。そこに金融・経済危機が起き、米国消費主導の世界経済の構図が大きく崩れた。

そこで採った中国の経済政策は、内需主導成長への転換であった。2008年11月に打ち出した4兆元の財政刺激策、2008年8月の北京五輪後いち早く景気刺激に舵を切った金融政策、さらに、内陸部の個人消費を刺激するべく用意された消費インセンティブプランなど、まさに矢継ぎ早に内需刺激策を打った。そして、中国経済は目論見通り、内需主導でV字回復を達成しつつある。1980年代後半の日本のように内需主導成長がバブル経済につながらないかという懸念も一部にあるが、有効なプロジェクトが多数存在する中国経済なので、その心配はおそらく杞憂だろう。

中国経済がこうして順調に拡大を続けると、2020年にはどのくらいの規模になるのであろうか。2008年初めに予想した我々の日米欧中国の2005年ドルベースの実質GDP予測によると、2020年時点で日本6.4兆ドル、中国9.9兆ドル、米国19.3兆ドル、EU16.7兆ドルとなっている。中国経済は日本の1.5倍の規模になる見通しだ。

しかし、その後起きた金融・経済危機で、日本経済は、大きく収縮、潜在成長力も低下する可能性が高くなっている。2020年の6.4兆ドルの見通しはおそらく6兆ドル程度に下がると見たほうが良いだろう。一方、中国経済は、2009-10年の内需を中心とした高成長持続で、2010年の数字が、2008年時点の予測より上振れる公算が高くなっている。その後の成長率を人民元の切り上げを含め、ドルベースで年9~10%と考えると、2020年の数字は11-12兆ドル程度に上振れる公算が高い。したがって、2020年時点での規模の差は2倍近くになっていてもおかしくない。

さて、中国経済が高成長を続け、日本経済の規模を大きく超え、いずれ米国経済の規模にも接近するという展望の中で、中国は覇権国としての地位を獲得するであろうか。

一般に、覇権国となるためには、経済力、軍事力、文化・社会力が必要である。その中でも最重要なものが経済力で、大きな輸入市場、強い輸出力、先端技術と国際企業の存在が必要だ。また、かつてのポンド、現在のドルのような基軸通貨をもっていなければならない。もちろん、ロンドン、ニューヨークのような良く整備された国際金融・資本市場も重要な要素である。

もちろん、軍事力は、自国の防衛だけではなく、世界の安全保障を管理する能力を指す。文化・社会力は、経済力や軍事力に比べると、やや暖昧だが、民主主義、自由で憧れの対象となる生活様式、高い教育水準、対外的な開放性、人権度、難民・政治亡命の受け入れ、地球的な問題への取り組みなど、かなり広範な領域に及ぶ。

このように見てくると、中国の経済規模が日本を凌ぎ、かりに米国に接近することがあっても、覇権国としての地位を得ることはかなり難しいと思われる。大きな輸入市場、強い輸出力、国際企業の存在、そして、上海の金融センターが国際金融・資本市場に成長している可能性は十分あろう。ただ、人民元が基軸通貨になるとか、世界が憧れるChinese Way of Lifeを提示できるかなどとなると簡単ではないだろう。

中国が覇権国となるとまでは予想できないが、経済力においてスーパーパワーとなるのはほぼ確実である。日本は果たしてこの新しい現実に十分対応できるのであろうか。

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