貿易赤字を円高是正に繋げる為の日銀の責務

巻頭言2012年秋号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 海津 政信

東日本大震災から1年半あまりが過ぎた。大震災が日本経済に与えた変化は数多いが、筆者が最も重要だと考えるのは、日本の貿易黒字が貿易赤字に変わった事である。2011年の貿易赤字は2.5兆円、31年ぶりの赤字となった。12年も8月までで4.2兆円の赤字であり、年間で5-6兆円の赤字が出よう。

これは、東京電力福島第一原子力発電所で起きた過酷な原子力事故の影響を受け、ほぼすべての原子力発電所が止まり、供給力を補うため、LNG(液化天然ガス)火力が新増設され、LNGの輸入が急増。原油価格の高止まりと合わさり、エネルギー輸入増が赤字をもたらしているのである。もちろん、輸出が伸び、原子力発電所の再稼働が本格化すれば、赤字は一時的なもので終わろうが、ユーロ圏経済の停滞、関西電力大飯原発以外の原子力発電所の再稼働の難しさを考えると、赤字は長期化する可能性がある。

問題はこれを亡国に繋がると考えるか興国に繋がると考えるかであるが、筆者は後者の立場をとる。すなわち、貿易赤字を上回る年間15兆円ほどの所得収支の黒字があり、かっ輸出競争力の低下というより、エネルギー転換に伴う輸入が大きいとすると、それほど悲観的になる必要はないと考えるからである。むしろ、貿易黒字から貿易赤字へという変化は、貿易黒字→円高→デフレの悪循環から日本経済を救う可能性があろう。すなわち、貿易赤字→円安→企業収益好転→賃金引上げ→緩やかなインフレにつながりうるからだ。

この考え方は、関東大震災直後の物資輸入増と第一次世界大戦で急増した輸出の反動減により、貿易赤字が増えたときに、石橋湛山が日本経済の発展と震災復興に外国資本と物資の輸入は不可欠で、入超は亡国どころか興国と主張した「輸入超過興国論」に通じるものである。すなわち、震災復興とエネルギー転換に必要な輸入は普であり、結果、行き過ぎた円高が是正されることは亡国ではなく、興国に通じると考えるのである。

もちろん、日本銀行の責務は大きなものがある。貿易赤字に転じたという円需給の変化に加え、欧米中央銀行に対抗し、量的緩和政策を強化することで、行き過ぎた円高の是正が可能となるからだ。日本銀行は今年2月に、1%の物価目標を掲げ、景気が下振れしなくても、この物価目標の達成に向け、追加緩和策を採ると市場に期待させた。実際、3月には1ドル=83-4円まで円安が進み、株価も日経平均株価で10000円大台に乗せ、政策は成功するかに見えた。しかし、その後追加緩和を出し渋り、市場の期待を後退させた。

そうした中、FRB(米連邦準備制度理事会)は9月13日にMBS(住宅ローン担保証券)を月間400億ドル継続して購入するという量的緩和第三弾(QE3)に踏み切り、ECB(欧州中央銀行)は9月6日にスペイン国債等を対象に新国債購入プログラム、OMT(Outright Monetary Transactions)という信用緩和策を繰り出している。筆者は、日本銀行も果断に追加緩和を行い、市場の期待を呼び戻すことが欠かせないと考える。

幸い、日本銀行は9月19日の金融政策決定会合において、資産買入れ等の基金を70兆円から80兆円に10兆円増額し、長期国債5兆円、短期国債5兆円の買入れを行う追加の量的緩和策を実施した。引き続き、デフレからの脱却に向け、日本銀行には政府と協調し、リフレ的な金融政策運営を望みたい。

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