軌道に乗り始めた安倍政権の成長戦略

巻頭言2016年新春号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

2012年末に安倍政権が誕生して3年が経過した。この間、アベノミクスは成功裏に進展し、為替は1ドル=80円から120円となり、日経平均株価は9,000円から20,000円台まで上昇を見た。円安とコーポレート・ガバナンス改革等が奏功し、企業収益がリーマン・ショック前の水準を更新し、過去最高に達しているからである。

アベノミクスの成果は数多いが、主なものは、(1)日本銀行の量的緩和策を受け、1ドル=120円の円安が定着し、かつ、日本の法人実効税率が16年度で30%割れが見込まれ、日本の立地競争力が改善、生産や設備投資の国内回帰が始まったこと。(2)円安とビザ発給要件の緩和で海外からの観光客が急増する一方、高速鉄道等のインフラ輸出が軌道に乗り始めたこと。(3)経済が活性化し、雇用が増え、緩やかながら賃金上昇が始まる一方、人手不足解消のため、女性や高齢者の労働参加率が高まりつつあることだろう。

特に、15年秋以降、成長戦略が軌道に乗り始めたことはアベノミクスへの信認を高めよう。具体的に、以下の5点が注目される。

第1は、15年末の税制改正大綱で、16年度の法人実効税率を29.97%(従来は31.33%)としたことだ。これで、フランスを大きく下回り、ドイツ並みの実効税率となり、日本企業の国内回帰や海外企業の直接投資を呼び込み易くなろう。

第2は、外国人訪日客促進策の成功である。円安、ビザ発給要件の緩和、買い物時の免税手続きの簡素化等が奏功し、15年で外国人訪日客は2000万人弱、訪日外国人旅行消費額は3.5兆円程度に達した模様である。ビザ発給要件の緩和で犯罪が増えるという一部にあった懸念は杞憂に終わり、政府は2020年に新たに3000万人目標を打ち出した。地方周遊ルートの発信、ホテルの新規供給増、通訳ガイドの拡充等の課題をこなしていけば、十分達成可能な目標だろう。

第3は、高速鉄道等のインフラ輸出が軌道に乗りつつあることだ。エポックは、インドでの高速鉄道商談で日本の新幹線方式の採用が決まったことだろう。今後、インドでの追加商談が見込まれるほか、マレーシア、米国等でも新幹線方式の採用が期待されている。加えて、日本とインドの原子力協定が合意に達し、原子力発電プラントの受注が可能となることも重要だ。

第4は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉の合意である。これにより、GDP(国内総生産)3400兆円に及ぶ、自由でフェアな市場が生まれ、日本企業の活躍余地が広がろう。特に、ベトナム等を活用することで中国、韓国とのコスト競争上の不利が改善されることはメリットであろう。また、これを契機に、中堅・中小企業の海外展開や農業輸出の拡大が進むとさらにメリットは大きくなろう。

第5は、コーポレート・ガバナンス改革である。アベノミクスの優れたところは、成長戦略の中に、企業経営者の成長へのコミットメントや資本コストを意識し、ROE(自己資本利益率)を向上させるというエクイティ・ガバナンスを盛り込んでいることだろう。資金余剰で利幅が薄く、企業経営への提案が弱くなったバンク・ガバナンスには限界がある。これを越える動機付けを企業経営に与える意義は大きい。

以上見て来たように、15年秋以降の成長戦略の進展により、設備投資が活発化し、供給サイドが強化されることになると、2020年名目GDP600兆円の政府目標に近づくことになる。高いハードルだが、挑戦し続けることが求められる。

手数料等やリスクに関する説明はこちらをご覧ください。