アベノミクス成功に向け、G7協調の下で政策総動員

巻頭言2016年春号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

リーマンショック後の世界経済のリード役であった中国経済の減速は明らかで、2016年の世界の実質GDP(国内総生産)成長率は3%をキープできるかどうか、微妙な情勢にある。今世紀に入り、3%成長を割り込んだのは、IT(情報技術)バブルの崩壊で米国経済が景気後退に陥った2001年とリーマンショック後の金融危機で信用収縮から世界不況に陥った2009年の2回しかない。

中国には、財政・金融両面から経済対策を打つとともに、過剰生産能力の削減、製造業の高度化、サービス産業の育成といった構造改革に力を入れ、経済の軟着陸を達成してもらいたいが、同時に、先進国が自ら成長力を高める努力をしなければならないだろう。

成長力強化には、イノベーションと規制改革が中長期で有効だが、短期的には、経済政策の調和化が必要だろう。具体的には、欧州は財政緊縮策を止めるか緩和する。日本は消費再増税を延期し、財政出動で景気を内需主導で再成長軌道に乗せる。金融政策は、日欧は緩和継続・強化、米国は新興国経済に配慮し、利上げを急がずということだろう。

今年は、G7(先進7カ国)会合の議長国が日本で、5月26~27日に三重県の賢島で伊勢志摩サミットが開かれる。最大のテーマは先進国経済の成長力アップ。このため、「国際金融経済分析会合」を5回ほど開き、世界的な経済学者からも意見を聞き、準備をして臨むことになる。おそらく、サミット終了後に、安倍首相はG7協調の下で、17年4月に予定される8%から10%への消費再増税を2年程度延期し、大型の財政出動を表明することになるのではないか。

筆者は昨年末までは、17年4月の消費再増税を予定通り行うことに賛成であったが、今年1~2月の中国人民元切下げ懸念、原油価格の急落等による世界的な株安と円急騰を見て、消費再増税延期もやむを得ないとの判断に至った。デフレ脱却を目指す日本の立場からは中国経済の成長屈折はもう少し先であって欲しかったが、やむを得ない。事態が変わっているのに意見を変えないのは、おかしい。今はそう考えている。

さて、現下の円高をどう考えるか。2年前以前と比べ変わっているのは、経常収支黒字が再び大きくなっていることだ。東日本大震災後は、原子力発電が止まり、これを補うためにLNG(液化天然ガス)火力を増やし、石油火力を再び動かすなどして、電力を供給してきた。その結果、石油、LNGの輸入が急増し、貿易赤字が大きくなった。これに、日本銀行の量的金融緩和が加わり、1ドル=85円から1ドル=125円まで円安となった。

今は原油価格安、LNG価格安から再び貿易収支は均衡ないしやや黒字となり、経常収支黒字も大きくなっている。それだけに、日米金利差を拡大し、円からドルへの資金フローを増加させ、不必要な円高を防ぎ、円レートを110~120円程度に安定させることが欠かせない。米国が利上げを急がないという中では、日本銀行が早期に追加緩和に踏み切ることが必要だろう。

財政出動については、対GDP比1%程度の5兆円規模が必要だろう。剰余金とマイナス金利による国債の利払い費の節約等を見込めば、多くの国債増発を行わずに編成できるだろう。もちろん、保育所の整備前倒しを始めとした育児支援、イノベーションに結びつくベンチャー企業支援など成長戦略にも目配りを行うことが望ましい。

個人消費はややもたついているが、企業収益の拡大を背景に設備投資は増加基調を保っている。これに為替の安定、消費再増税延期、財政面からの景気テコ入れが揃えば、2016年度のみならず2017年度も企業収益の増益基調は維持されよう。大きく下がった株価も回復に向かおう。軌道を外れかかったアベノミクスだが、再び軌道に戻ることが期待される。

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