堅調なBrexit後の内外景気と金融政策

巻頭言2016年秋号

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津 政信

予想外のBrexit(英国の欧州連合離脱選択)から、3カ月余りが経過した。日本銀行、FRB(米連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)等の主要中銀による金融市場への流動性供給やFRBの利上げ見送り、日本銀行による追加緩和、さらに日本政府による財政出動等の政策対応努力により景気の悪化は避けられ、内外景気は比較的堅調である。

まず、日本経済だが、円高下ではあるものの、鉱工業生産にIT(情報技術)・デジタル、自動車等回復の兆しが出てきた。経済産業省の生産予測統計に過去3カ月の修正率を掛けて試算したところ、2016年7~9月は前期比1.9%増が予想される。実現すれば、15年1~3月以来1年半ぶりの回復となる。加えて、夏に打出された経済対策の効果が、秋の臨時国会で補正予算が通過した後、景気押し上げに寄与しよう。地方分を含む真水5.8兆円のGDP(国内総生産)押上げ効果はプラス0.88%と試算される。実質GDP成長率は、野村の予想で16年度、17年度ともに0.9%だが、17年度は個人的には1%を越えてもおかしくないと見ている。

次いで米国経済だが、今年2月の上海G20(20カ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議以降の米国政府のドル高容認姿勢の転換、ドル安、原油高、株高政策の奏功で、実質GDP成長率は7~9月期から年率2%に回復、17年は1.9%と予想される。好調な消費、住宅投資に加え、設備投資も原油価格の底打ち・反転で今後小幅回復して来よう。そして、欧州経済。流石に英国経済の先行きは不透明だが、ユーロ圏経済は予想外に堅調だ。ユーロ圏の製造業PMI(購買担当者指数)は8月で52と好不況の分岐点である50を上回っている。ドイツの産業競争力の強さが下支えしており、ユーロ圏の実質GDP成長率は17年も1.2%が予想されている。

中国経済はどうか。年初最も不透明感が高かったが、人民元相場の安定に配慮する一方、3月の全人代(全国人民代表大会)で財政出動を表明し、経済指標も少し安定の動きを見せている。実質GDP成長率は16年が6.5%、17年が6.1%の見通しである。

このように、Brexit後の内外景気は比較的堅調で見通しも悪くないが、潜在成長率を大きく上回り、需給ギャップの縮小から消費者物価上昇率が、日欧については2%の目標に近づく、米国については2%を大きく上回るかというとそれにはまだかなりの距離がある。したがって、日本銀行、ECBは緩和的な政策を継続すると見込まれ、FRBの利上げ政策も、国内景気と物価動向に加え、金融市場の動きも見ながら慎重に行われよう。

日本銀行についていえば、9月20~21日の金融政策決定会合で、原油価格の想定以上の下落等で物価目標の達成は遅れているものの、物価の持続的な下落という意味でのデフレではなくなったと総括し、金融機関収益等副作用にも配慮した新たな「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。今回の会合では、マイナス金利の深堀はしなかったが、必要があれば行うことになるだろう。

最後に株式市場の見通しに触れておきたい。気になるのはやや不安定な米国株だが、昨年8月下旬のような急落はしないだろうと判断している。それは、Brexit直後に急激に悪化していた経済政策不確実性指数(米国野村が独自に計算)がその後大きく改善してきているからだ。また、米企業の収益もドル高一服、原油価格底打ち等から今後持ち直してきそうだ。

今後緩やかとはいえ、米利上げ観測が再浮上するのに伴い1ドル=105円越えのドル高・円安の為替レートが実現してくれば、日本企業の収益の底打ち・回復がはっきりし、日本銀行のETF(上場投資信託)買いによるリスクプレミアムの縮小、予想PER(株価収益率)の適正化とも相まって、16年末の日経平均株価は1.8~1.9万円程度までの上昇が見込まれよう。

もちろん、11月8日の米大統領選挙で、穏健な政策が期待されるヒラリー・クリントン候補が勝利することが前提ではある。

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