労働分配率の上昇への転換点を迎える中国

論文2011年秋号

野村證券金融経済研究所投資調査部 郭 穎

目次

  1. I.はじめに
  2. II.避けて通れなくなった所得分配改革
    1. 是正されにくい投資/消費バランス
    2. いびつな国民所得分配の構図
    3. 急低下する中国の労働分配率
  3. III.労働分配率が上昇に転ずる条件
    1. 賃金上昇の重荷となった労働供給圧力
    2. 労働需給関係の逆転は近い将来に
    3. 国際比較からも既に転換点に近い
    4. 所得分配改革への政府の取り組み
  4. IV.労働分配率上昇の経済的インパクト
    1. 経済成長率へはややプラスと試算
    2. 自動車とサービス消費の拡大に注目
  5. V.おわりに
  6. VI.補論

要約と結論

  1. 中国政府は投資/消費のバランスを是正し、経済成長における消費の寄与度を高める改革を近年推し進めている。しかし、高まる国民貯蓄率を背景に、経済の投資率(GDPに対する総資本形成の割合)は2003年以降40%を超える高水準で推移しており、更なる改革の遂行は、今後政府の中期政策の重点として一段と強調される格好となっている。
  2. 高貯蓄・低消費の経済構造の背景には、近年の労働分配率の急低下と、企業や政府に偏る国民所得分配のひずみが挙げられる。90年代以降、農村の余剰労働力が迅速に都市部に移転することによって、労働力供給過剰圧力が高まり、労働生産性の上昇に賃金上昇のペースが追いついていない。これは、労働分配率が近年急低下してきた背景である。このため、投資主体である企業部門と政府部門の分配比率が上昇し、投資比率が高い経済構造が改善されずにいる。
  3. ただし、人口動態及び長期的な経済成長予想に基づいた分析から、中国の労働市場の供給過剰感が2013年をピークに解消に転じ、2017年にも労働力の絶対的な不足が生じ得ると試算される。また、国際比較を行うと、経済の発展段階(所得水準)と労働分配率の間にはU字カーブの存在が確認されておりが、現在の中国の所得水準からして、ちょうど労働分配率が上昇に転じる段階に差し掛かっていることが示唆されている。
  4. 労働分配率が今後上昇に転じると投資の落ち込みによる低成長の懸念が抱かれている。ただ、我々の試算によると、労働分配率が1%ポイント上昇すると、投資への抑制効果でGDPの成長を減速させる効果があるものの、0.31%ポイント程度にとどまると見られる。一方で、消費の拡大によるGDP押し上げ効果の方は0.78%ポイントと、トータルでは経済成長にはややプラスに働くと推測される。また、賃金上昇による中国の消費拡大が今後さらに加速すると想定され、その中で自動車の普及、外食や文化娯楽サービス市場の拡大は中長期的な投資テーマとなろう。