IFRSを巡る会計戦略-JMISの開発
論文2014年秋号
野村證券エクイティ・リサーチ部 野村 嘉浩
目次
- I.はじめに
- II.着実に浸透するIFRS
- 6年度目を迎えたIFRS任意適用
- 「指定国際会計基準」
- 成長戦略がIFRS適用を加速
- 米国基準からの転向
- III.IFRS財務諸表分析上の留意点
- 企業結合(のれん)
- 無形資産(開発費)
- 収益認識
- リース
- IV.JMISの開発とその役割
- 「当面の方針」が出発点
- ASBJでの開発状況
- 「削除又は修正」の判断基準
- 2つの「修正会計基準」を提案
- 今後のスケジュール
- V.おわりに
- 日本基準への影響
- JMISの将来像
要約と結論
- 6年度目を迎える国際会計基準(IFRS)のわが国企業への任意適用は、着実に浸透しつつある。企業会計審議会が公表した「当面の方針」を出発点とするさまざまな対応が進む一方で、IFRSの新基準としては、収益認識や金融商品などが完成し、企業にとっても取り組むIFRSの照準が定まりつつある。2014年は任意適用浸透がますます加速する年と位置付けられている。
- こうした中、2014年7月31日に公表された「修正国際基準(JMIS)」の公開草案に注目が集まっている。わが国の上場企業が連結財務報告において適用可能な会計基準は、日本基準、米国基準、IFRSの3通りが既に存在するが、今回は、それに加えて、いわば「第2の日本基準」として、新たな会計基準体系を導入する予定である。
- JMISは、わが国の会計基準体系の中では、新たな試みが多い。企業会計基準委員会(ASBJ)が圏内の市場関係者と議論を重ねた上で開発した基準であるが、多くの個別基準においてIFRSをそのまま受け入れることから、「国際(International)」という名称を付し、言語は英語である。一方で、ASBJにより「削除又は修正」を施す2つの「修正会計基準」(「のれんの会計処理」と「その他の包括利益の会計処理」)が、こちらも英語で、付加されている。
- JMISの導入は、単に、わが国企業が、多様な会計基準の中から選択する余地を広げるために策定されるものではない。わが国企業にIFRSを浸透させる狙いを見据えて、わが国の意見発信力を強めるための実験台としての役割を担っている。さまざまなIFRSと日本基準との差異項目のうち、「削除又は修正」を上記の2基準に絞った背景には、将来的にIFRSとJMISが同じ基準セットとなることを促すベく、主張を絞り込む狙いがある。
- しかし今後、「削除又は修正」する項目を追加する可能性は少なからず存在する。2014年7月に最終基準化されたIFRS第9号に関連する「信用損失の会計処理」と、現在、国際会計基準審議会で審議中のリース基準改正に関連する「リースの会計処理」が想定できる。いずれも、「削除又は修正」を施す判断基準のうち、実務上の困難さに照らして、IFRSをそのまま受け入れることに違和感が表明される可能性を指摘しておきたい。
- JMISはいまだ開発中であるため、今後、どの程度の企業数に適用が及ぶかは未知数である。IFRSと殆ど同じ「第2の日本基準」に、わざわざコストを投じて転向する有用性を疑問視する向きもある。しかし財務諸表作成者にとって、のれんを定期償却することで、将来の減損リスクを軽減したり、保有株式売却時に売買差額を損益認識することで、利益計上の安定化を図るメリッ卜もある。
- JMISがいち早く「第2の日本基準」として適用可能な状態となれば、直ちにIFRSを適用することには慎重な企業であっても、JMISの適用を通じて、IFRSに近い実務を徐々に修得することが可能である。こうしたIFRS適用予備軍を幅広い裾野で構築する体制づくりが、わが国のIFRS浸透にとって、さしあたり最も有効な方法論であると、筆者は評価している。