上海の自由貿易試験区と金融サービスの実験
論文2014年秋号
野村資本市場研究所 関根 栄一
目次
- I.上海での自由貿易試験区設置の意義
- はじめに
- 上海FTZのこれまでとは異なる特徴
- II.上海FTZでの金融サービスのテスト方針
- 目玉となる金融サービスのテストと当面の制約
- 金融サービスのテストの考え方
- 金融サービスのテストの内容
- 中国人民銀行による金融サービスのテスト指針
- 銀行分野のテスト細則の制定
- III.上海FTZへの金融機関・企業の進出動向
- 日系を含む外資系銀行の進出動向
- 銀行と提携した日本企業の取組み事例
- 中資系・その他外資系銀行の動き
- 証券分野から見た動き
- IV.上海FTZと日本
- 上海経済における日本企業の存在感
- 日本の経験と中国への示唆
- V.むすびにかえて
要約と結論
- 2013年10月、上海に「中国(上海)自由貿易試験区」(英文呼称はChina(Shanghai)Pilot Free Trade Zone、以下、上海FTZ)が設置され、2016年までの向こう3年間を目途とした中国での新たな改革開放モデルのテストが始動した。
- 上海FTZのこれまでとは異なる特徴は、(1)対外開放のテストの対象がサービス業であること、(2)実験地として中国経済の中心地である上海を選んだこと、(3)外資誘致政策の転換のためネガティブリスト方式を採用したこと、(4)既存の外商投資企業
- 法制の適用除外地域に指定して企業の設立規制を緩和したこと、(5)グローバルなFTA(自由貿易協定)締結の流れを取り込んでいること、にある。
- 上海FTZでのサービス業の対外開放6分野のうち、金融サービスが目玉のーつとなっている。国務院(内閣)は、金融サービスのテスト内容を、金融の自由化を意味する「金融制度の創新の加速」と、プレーヤーを誘致する「金融サービス機能の強化」のニつの観点から取り上げている。各監督当局も、銀行分野や証券分野での指針を打ち出している。
- また、上海FTZと海外とのクロスボーダー取引の鍵となる口座管理の細則も中国人民銀行から公布され、企業による人民元や外貨のキャッシュマネジメン卜への取組みが始まっている。その一方、証券分野では、外資進出規制が継続し、証券会社のライセンス内容にも制約が残り、課題となっている。
- 上海FTZでの金融サービスのテストの場合、上海にとって参考となるのは、日本の1980年代の経験である。日本では、1996年の日本版ビッグバンで全面的な規制緩和が実現したが、1980年代当時から、証券・資産運用分野の育成に向けて本格的に取り組んでおくべきであったというのが、後世から見た教訓である。
- 貿易や直接投資で、上海経済における日本企業の存在感は大きい。実務に通じた企業や金融機関と上海市政府や中央の関係部門との対話や交流は、上海FTZの制度設計を更に魅力的にする上で重要である。