原油価格の大幅下落が持つ意味
論文2015年春号
野村證券経済調査部 桑原 真樹
目次
- I.はじめに
- II.今回の原油価格下落の背景
- 原油供給の増加
- 新興国の景気減速
- III.原油価格下落が世界景気に及ぼす影響
- 価格変動の所得再分配効果
- 世界GDPは増えるか減るか
- 米国エネルギー関連投資への影響
- IV.「逆オイルショック」の経験
- 1986年にも原油価格が半値に下落
- 「逆オイルショック」と世界景気
- V.「通貨戦争」についての考察
- 「通貨戦争」の判定は困難
- 「通貨戦争」の帰結
- もしも「通貨戦争」が起こったら
- VI.各国経済への影響
- マクロ経済への影響
- 国際金融市場への影響
- 日本の金融政策に対する影響
- VII.原油価格の先行き
- VIII.おわりに
要約と結論
- 2014年以降、世界経済を原油価格の大幅下落が見舞った。夏場までは北海ブレントで1バレル=100ドルを上回っていたが、秋以降に下落ペースを速め、2015年1月には一時40ドル台半ばまで達した。
- 今回の原油価格下落の原因の一つが、シェール革命により米国で原油生産が増加していることにある点については、異論は少ないと思われる。加えて、経済規模に比して原油消費量の多い新興国の景気が、中国を中心に減速していることから、これらの国における需要の減退も価格下落に寄与したとみられる。ただし、先進国を含む世界景気全体が大きく減速しているわけではない。
- 原油価格の下落は、原油輸出国から原油輸入国への所得移転をもたらす。その結果世界GDP(国内総生産)が増えるか減るかは、所得が減少した輸出国での支出減と、所得が増加した輸入国での支出増のどちらが大きいかで決まると考えられる。主要な原油輸出国は数が限られているため、原油価格の下落は所得が一部の国に集中する状態が緩和されることを意味する。一般的に、所得水準が低い方が支出性向は高いため、所得集中の緩和は世界需要をネットで増加させると考えることができる。
- 1986年にも、短期間で原油価格がほぼ半減する「逆オイルショック」が起こった。当時、米国と日本は他の理由で景気減速局面にあったが、少なくとも欧州の家計支出は増加した。原油価格の下落が世界景気にとってポジティブとなりうることを示す一つの事例であろう。
- 現在多くの中央銀行が、相次いで金融緩和に踏み切っている。世界が「通貨戦争」状態にあることを指摘する声もあるが、それぞれの中央銀行が通貨安を志向しているのではなく、原油価格下落によるインフレ率の低下などに対処しているだけかもしれない。仮に「通貨戦争」が起こった場合、それは多くの国で金融緩和が行われることを意味し、それだけを考えれば世界景気にポジティブとなりうる。
- 国によって原油価格下落が景気に与える影響は異なる。米国や英国では、エネルギー産業による投資減速が、家計消費の増加によってほぼ相殺されよう。ユーロ圏、日本、多くのアジア諸国にとってはポジティブ、一方でカナダ、インドネシア、マレーシア、ロシアなど原油輸出国にとってはマイナスだろう。対外借入が比較的多いロシアが国際金融市場に与える影響については注視する必要がある。