日本経済中期見通し2018
-「なくなる仕事」が意味する世界-
論文2018年新春号
野村證券経済調査部 美和 卓、桑原 真樹、水門 善之、棚橋 研悟、宮入 祐輔、宮本 和輝、大越 龍文
目次
- I.はじめに
- II.【機械に代替される雇用】労働分配率の低下と低インフレ
- 労働代替的技術革新と労働分配率
- 労働代替的技術革新と「貯蓄から投資へ」、インフレ率
- III.【自己増殖する資本=情報】低投資リターンとプラットフォーマーの出現
- 投資リターンが低い理由
- 資本としての情報が自己増殖する世界
- IV.【モノを所有しないポスト大量消費社会】コト消費とシェアリングエコノミー
- 他者から認められる欲求を満たすスマートフォン
- モノ消費からコト消費へ-新しい消費者像とポスト大量消費社会
- 安価なサービスと時間節約サービス
- ポスト大量消費社会とシェアリングエコノミー
- V.【金融と情報の相克】変わる金融の姿
- 「なくなる仕事」の時代のコーポレートファイナンス-低くなる法人と個人の垣根
- 金融機関の付加価値の源泉が縮小
- 「なくなる仕事」の時代の金融の未来像
- VI.中央銀行の存在意義と金融政策
- 「なくなる仕事」が中央銀行・金融政策に及ぼす影響の諸相
- 低インフレ常態化と実質金利低迷長期化に対する中央銀行の対応
- 仮想通貨が中央銀行に及ぼす影響
- 非伝統的金融緩和の「出口」が早まる可能性
- VII.日本銀行金融政策正常化のプロセス
- 想定される金融緩和の「出口」の問題点
- 出口局面での日銀財務状況に関するシミュレーション
- 長短金利操作の下での日銀国債買入れと保有資産
- 出口局面での日銀財務とそのインプリケーション
- VIII.【技術がもたらす格差の拡大】国家の役割と財政政策
- 新たな技術がもたらす所得格差と国家の役割
- ベーシックインカムの世界の具体像
- 所得格差を生む技術革新をどこまで許容できるか
- IX.シナリオ別の中期経済見通し(~2025年)
- 世界経済の前提
- 原油価格の前提
- メイン・シナリオ
- ダウンサイド・シナリオ
- アップサイド・シナリオ
- X.終わりに
要約と結論
- 今回の中期見通しでは、日本経済と情報技術の関係を軸にシナリオを分けた。日本が情報技術のユーザーとして人口動態に起因する潜在力低下を克服していくのがメイン・シナリオ、財政・金融政策の急進化に依存し経済の安定を損なう道を歩むのがダウンサイド・シナリオ、オリンピックなどを契機に情報技術の基盤提供者として成長力を向上させるのがアップサイド・シナリオである。
- 人工知能、ビッグデータの活用が進み、機械による労働の代替が進めば、労働分配率は低下すると考えられる。究極的には労働がゼロになり全員が投資家となるが、実際にはそのような転換は容易ではない。転換の過程では所得格差が拡大しやすく、需要が増えにくいため、インフレ率も上昇しにくい。
- 新しい技術の下では、情報が急速に自己増殖する資本となる。資本蓄積のコストが低下するため、投資リターン、実質金利は上昇しにくい。情報増殖の舞台を設置するプラットフォーマーのみが劇的な高リターンを得る主体となる。
- 我々が根源的にもっている、他者に認められたいとの欲求は、スマートフォンの普及によりSNSなどを通じて手軽に満たせるようになった。我々はもはや承認欲求のためにモノを所有する必要はなく、替わりにコンテンツとしてのコト消費を必要とする。シェアリングエコノミーは、この流れを促進させよう。
- 金融業の付加価値の源泉は情報にある。情報技術革新の下で、金融業の付加価値は縮小し、情報費用を前提とした法人/個人、負債/資本の区別が曖昧になる。究極的には、個人-個人に近いフラットな金融体系が実現しよう。情報技術革新に伴う低インフレ常態化や仮想通貨台頭は、インフレ目標形骸化や法定通貨の価値防衛などにつながり、金融政策正常化の契機ともなろう。
- 極端な所得格差の拡大は、社会の分裂を引き起こしかねない。ベーシックインカムも、ある程度の所得格差を容認する制度である。一方で、大規模な所得再分配やロボット課税は、技術進歩を阻害しよう。国民は、所得格差を生む技術革新をどこまで受け入れるかについて選択を迫られよう。