長寿化と金融サービスの挑戦

編集者の目2018年5月17日

野村資本市場研究所 執行役員 関 雄太

世界の先端を走っているとされる日本の高齢化には、絶対数としての高齢者人口の増加という側面と、高齢者個々人の長寿化という側面がある。高齢者人口増が、生産年齢人口とのバランスを著しく崩すまで進展したときに、資本主義下での経済成長や財政の仕組みが持続可能性の危機に直面することは容易に想像できる。故に、政策担当者やエコノミストたちは、第1の側面である高齢化への対応策を長く議論してきたわけだが、果てしない議論の末、抜本的な解決につながる社会保障制度改革がきわめて困難であることも明らかとなり、「自助努力」を強調せざるを得なくなってきたのが近年の潮流と言える。

確定拠出年金やNISA(少額投資非課税制度)を巡る政策なども、自助努力重視の潮流と理解することが可能だが、ここで問題を複雑化させるのが、第2の側面である長寿化の影響である。誰しも自分がいつ病気になるのか、死ぬのかを予測することができない中、退職後の人生が長期化することは、資産枯渇などのリスクを高める一方、フィナンシャル・プランの構築を段違いに難しくする。しかも、フィナンシャル・プランニングの専門家であるはずの金融機関や資産運用会社は、従来、おカネを守るあるいは増やすことを目標に据えて人材・技術・商品を開発してきたが、「おカネの減らし方をマネジメントする」といった観点で専門性を強化することは意識してこなかった。さらに言えば、80歳代、90歳代の「超高齢者」にフォーカスして、各世代が有する金融や資産運用に関する実態やニーズを調査することもほとんど行われてこなかったのが実状である。極言すれば、金融・資産運用の現場は、長寿化に伴うリスクや課題に正面から向き合ってこなかったとも言えるだろう。

「ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)」への注目は、上記の状況を打開しようとする学界・政策・実務の総合的な取り組みがようやく始まったことを示している。特に、医学・生理学の知見を動員して、身体能力・認知能力の低下と高齢者の行動・心理との関係を解明しようとする取り組みなどは、学際的な研究の進展が待たれる分野である。金融機関としても、将来の認知機能低下に備えた資産管理計画の策定や、成年後見制度などの利用促進など、事前の措置を講ずることに留まらざるを得ない現状を脱し、認知機能低下が引き起こす影響やトラブルから顧客を守るという究極的な目標を実現したいからである。

「資産寿命」の延伸も、ファイナンシャル・ジェロントロジーが挑戦しようとしているソリューションの領域である。具体的には、例えば、金融資産の取り崩しの最適化理論の構築である。ドルコスト平均法による積立投資の考え方を逆転して応用した「定時・定額引出」機能を投資信託に付与するなど、さまざまなアイデアが議論されているが決定打はなく、資産運用=おカネを増やすことという概念にとらわれていた研究者や実務家にとっては、未知の領域が広がっている。今後は、行動ファイナンスによる意思決定の最適化理論を活用して、高齢者が陥りがちな罠やリスクを避けられるよう支援することも、価値のある金融サービスとなろう。

さらには、長寿化による資産枯渇リスクを移転して安心感を得る、という金融サービスの開発・普及もファイナンシャル・ジェロントロジーの目標となろう。トンチン年金、リバース・モーゲージなどは日本でも一部事業化されているが、それぞれ長所・短所があり、選択肢の多さが投資家の安心に直結するというわけでもない。立場・業種を超えた関係者が、長寿化時代に合致した金融投資教育の推進と、カスタマイズ化・パッケージ化したソリューションの開発という2方向の取り組みに挑戦していく必要があると言えそうである。

[参考文献]

  • ・大庭昭彦「新しい投資アドバイス手法と行動ファイナンス」財界観測(2016年春号)
  • ・清家篤(編著)「金融ジェロントロジー-『健康寿命』と『資産寿命』をいかに伸ばすか」東洋経済新報社(2017年)
  • ・野村亜紀子、富永健司、住田友男「高齢者の資産管理に関するアンケート調査-『金融ジェロントロジー』の観点から」野村資本市場クォータリー(2018年春号)

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