欧州の安定に必要な難民対策とユーロ圏共通予算

編集者の目2018年7月5日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー 海津政信

イタリアで財政拡張政策を主張する五つ星運動と反難民・移民を掲げる同盟によるコンテ新政権が誕生し、6月28~29日に開かれたEU首脳会議は紛糾した。イタリアはアフリカから船で地中海を渡ってくる難民・移民の上陸地点で、過去5年間で60~70万人ほどの難民を受入れ、コンテ首相はこれ以上の受け入れは困難とEU加盟国に分担を求め、一歩も引かない姿勢を見せたからだ。徹夜の協議で、(1)EU加盟国において難民審査施設を自主的に創設、(2)EU域外の地中海地域の国における難民審査施設建設を支援するなどで合意したものの、EUの難民受け入れルールの抜本見直しは先送りされ、この問題はなおEU加盟国にとって頭の痛い問題として残った。

一方、欧州の統合深化に向けて議論されてきたユーロ改革は、難民問題に多くの時間が割かれたこともあり、足踏みしている。今回のEU首脳会議では、6月19日の独仏首脳会談で合意されたユーロ圏共通予算の創設も協議されたが決着せず、先送りとなった。ユーロ圏の最大の問題は共通通貨の下で金融政策が欧州中央銀行(ECB)に一本化されている半面、財政主権は各国に残り、財政統合、具体的にはユーロ圏共通予算もないという片肺飛行を続けていることだ。

本来であれば、ユーロ圏の盟主であるドイツが率先してこの問題に取り組むべきであったが、メルケル政権は自国の財政健全化に拘り過ぎ、この問題を先送りしてきた。たとえは悪いが、ユーロに加盟したことで、ドイツマルク時代より安い通貨を手にし、強い産業競争力を武器に中国等の新興国向けの輸出を大いに伸ばし、稼いだお金は金庫に入れたままで、周りの隣人におすそ分けもしないのがドイツ流なのである。ユーロ圏の共通予算を創設し、ドイツが率先して金庫からお金を出し、南欧諸国にインフラ投資の形でケインズ的な政策をとれば、イタリアに反ユーロ政権などできなかったかも知れないのである。昨年、フランスにユーロ圏の財政統合に熱心なマクロン政権が誕生し、ドイツも流石にフランスの意見を受け入れ、独仏主導でユーロ圏の共通予算創設に舵を切ったが、メルケル首相の求心力が難民問題で落ちてしまい、推進力を欠く状況となっているのは、なんとももどかしいところだ。

加えて、イタリアやギリシャの銀行の不良債権問題がある中、金融システムを強化する試みも進んでいない。今回のEU首脳会議では財政危機の国を支援する「欧州安定メカニズム」(ESM)や域内銀行の破たん時に備える処理基金の強化で合意したものの、肝心の預金保険制度を一本化する具体策は先送りとなった。

秋には欧州委員会の審査を受けるイタリアの2019年予算案の編成がある。五つ星運動と同盟で合意した政策綱領では、所得税・法人税の減税、付加価値税の増税見送り、ベーシックインカム制度の導入や年金受給年齢引下げなどの社会保障の拡充が謳われている。欧州委員会がこうした政策を反映した予算案を受け入れる可能性は低く、コンテ政権と欧州委員会の対立が予想される。

欧州の安定には、難民対策とユーロ圏共通予算、さらに、金融システム対策が必要だが、今回のEU首脳会議の結果は、課題解決能力の欠如をはからずも露呈してしまっている。域内のGDPを合算すると米国に次ぎ、中国をも上回る欧州経済の安定と前進は世界経済の安定と前進に欠かせない。日本にとっても、米中貿易摩擦や北朝鮮問題に次ぐぐらいのイシューである。独仏、とりわけドイツ政治の力が試されていると言っても言い過ぎではないだろう。メルケル首相には、難民問題で柔軟な姿勢を見せ、国内政治での求心力を回復し、それをテコにEU首脳会議での指導力回復を期待したい。サッカーワールドカップでのドイツのグループリーグ敗退は見たくなかったが、ドイツ政治の劣化はもっと見たくないものだ。

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